サプライズに御用心

その日、ヒノエはちょうど望美達の下校時刻の頃、近くを通り掛かった。
そうと気付いたら、ただ帰るなど勿体ない。途中下車して駅前で望美を待ち受け、帰路のお供に加えてもらおう。
そんな出来心とも言うべきささやかな楽しみが、この後、複数の人間を恐怖のどん底へと叩き落とす騒ぎに繋がろうとは、まるで予想などしていなかったのであった

「あっ、ヒノエくんからだ……………は~い、もしもし~」
着メロのイントロクイズでもしてるかのような早さで携帯を取りだし、合流したばかりの譲達に背を向けると、望美はあからさまに嬉しそうな声音で電話に出た。しかし、すぐに険悪な声音で矢継ぎ早に問う。
「あんた、誰よ?私に何の用?ヒノエくんは無事なんでしょうね?黙ってないで何とか言いなさいよ!」
「せ、先輩…どうしたんですか?」
「おい、スピーカーにして俺達にも聞かせろ」
望美はサッと辺りに目を遣り、人気のない場所に移ると、言われた通りスピーカに切り替えて電話の相手に向って捲し立てた。
「言っとくけど、拾ったから着歴の一番上に掛けてみた、なんて見え透いた手には乗らないわよ。ヒノエくんがそんなヘマする訳ないんだから……一体、どうやってヒノエくんから携帯を奪ったの?返答次第では、タダじゃ置かないわ。時空の彼方まででも追いかけて、最低でも三倍返しにしてやるから覚悟しなさい」
白龍の逆鱗を持つ源氏の戦神子には本当にそれが可能であるなどとは、恐らく電話の相手は知らないだろう。
「おぅおぅ、ヒノエの奴、愛されてるねぇ」
「……そんなに一方的に捲し立てたら、相手は答えようがありませんよ」
「あっ、それもそうだね。ちょっと、あんた…聞いてあげるから、さっさと答えなさいよ」
望美は将臣の茶々は無視したが、譲の言うことはもっともだと思って、ひとまず口を噤む。
そうして3人がスピーカに意識を集中すると、電話の向こうからおどおどした返答があった。
「あ、あの…自分は、鎌倉高校前駅前交番の山田と申しまして……」
「はぁ、交番?まさか本当に、ヒノエくんが携帯落とした、なんて言うつもりじゃないでしょうね?」
「い、いいえ、その……失礼ですが、あなたと藤原ヒノエさんとはどのようなご関係なのか伺ってもよろしいでしょうか?」
「何でそんなこと見ず知らずの人に言わなきゃなんないのよ、って言いたいところだけど、教えてあげるからよ~く聞きなさい。ヒノエくんはね、この私の自慢の恋人よ」
「ふんぞり返っても向こうには見えねぇっての」
将臣が呆れたようにツッコむ陰で、譲は自分の携帯でヒノエの携帯の位置情報を確認していた。こちらの世界に疎い者達を世話する立場上、譲は全員の位置情報を検索出来るアクセス権限を有しているのだ。
「先輩……ヒノエの携帯、本当に駅前の交番付近にありますよ」
「えぇっ、そんな莫迦なっ!!ちょっと、どういうことよ!?」
「あっ、あの…ですから、その…」
警察官として数々の訓練やら何やらを受けているとは言え、この平和な日本ではそうそう凶悪犯と対峙する機会もないのだろう。電話越しであっても、何の心の準備もないままにこの戦神子の怒号に曝されて、電話の主はしどろもどろとなっていた。
「ああ、もうっ、電話じゃまだるっこしいわ。駅前交番ね……2分で行くから待ってなさいっ!!」
望美は電話を切るとすぐさま駆け出し、将臣と譲も後を追った。

公称徒歩5分の道程も、戦場を駆け回った彼らの脚では2分とかからなかった。
そうして駆け込んだ交番には、まだ衝撃冷めやらぬ巡査と笑顔で迎えるヒノエの姿がある。
「ヒノエくん……これって何の冗談?」
「冗談とは心外だね。俺はただ、駅前で神子姫様をお待ちしていただけなんだけど…。それが何の因果か変質者呼ばわりされて……ここへ連れて来られてしまったのさ」
それを聞いて、有川兄弟は呟く。
「変質者か……まぁ、紙一重だな。あのふざけた物言いとか…」
「紙一重で存在がふざけてる兄さんが言うなよ。でも確かに、やろうと思えばヒノエは、先輩はおろか九郎さんやリズ先生にすら気付かれずに後を付け回すのもお手の物だし…」
「やらないよ、そんなこと…。今の俺には、そんなことをする必要はないからね」
ヒノエのその言に、山田巡査は恐る恐る口を開く。
「……やっぱりストーカー…?」
「違うっ!!」
望美の一喝に、山田巡査は震え上がった。
「先輩、お巡りさんをそう責めるもんじゃありませんよ。この人は何も知らないんですから…」
「それは解ってるけど…………だからってヒノエくんをス……っ…!?」
吠えかかりそうな望美を、将臣は取り押さえた。
「こら、望美。お前は、ちっと黙ってろって…。譲、後は任せた」
「はい、はい、ここは任されるよ。えぇっとですね、とりあえず最初から順を追って話していただけますか?」

駅前で望美が現れるのを今か今かと待っていたヒノエに、山田巡査は声をかけた。
「失礼ですが……どなたかとお待ち合わせですか?」
自分に声をかけて来た相手の服装から、ヒノエはこれが警官であることを悟ったが、そんなことを訊かれる覚えはないので首を捻る。
「それは、あんたに言わなきゃいけないことなのかな?」
「はぁ…出来れば正直にお答えいただきたいのですが…」
そこでヒノエは正直に答えた。
「待ち合わせてはいないよ」
「では、こちらで何をなさっているのでしょうか?」
「この辺りに来たところでちょうど姫君が下校される頃合だと気付いたものでね、帰路のお供に加えていただこうとこちらでお待ち申し上げているのさ」
この言葉を仲間が聞いたなら、ただのサプライズだと容易に理解出来ただろう。それ以外の人間も、何の先入観もなく聞いたなら、ちょっと芝居懸かってる変わり者程度に思ってくれたかもしれない。
しかし、通報を受けてやってきた山田巡査は、ストーカーじみた危ない奴という印象を受けてしまった。そこで「ちょっとそこの交番まで…」ということになり、ヒノエは身の潔白を証明するために巡査に自分の携帯で”神子姫様”に掛けてもらう羽目になったのだった。
その際、ヒノエは一応は忠告した。
「もう授業は終わってるはずだから、姫君はすぐに応じてくれると思うけど……その後はどうなっても知らないよ」
その言葉の意味は今、山田巡査の身体の芯まで深く染み入っているのだった。

「そもそものきっかけは、通報だったんですか?」
話を聞き終えた譲は、当然の疑問を口にした。
そこで山田巡査は、やっと取り戻せて来た落ち着きをもって答える。
「はい。駅前に、ちょっと見には綺麗で格好良いんだけど、女子高生を待ち伏せしてるらしい、派手な形の若い男が居る、と…」
「あっ、そりゃ、誰だって真っ先にヒノエに目を付けるだろうな」
将臣の言う通り、だから山田巡査は駅前で立っている人々の中から真っ先にヒノエに声をかけたのだった。
ヒノエの赤い髪は地毛だが、派手な若い男と言われたらやはり赤や青や金に染めた髪を想定するだろう。そこに”綺麗で格好いい”という描写がつけば、線の細い顔立ちと自分達以上にこの時代の服を着こなすヒノエのことを指すと見て良いはずだ。
譲は些か頭痛を覚えながら問うた。
「ヒノエ、お前…。この人に声かけられる前に、駅前で誰かと話さなかったか?」
「ああ、いろいろ声を掛けられたよ。スカウトやら逆ナンやら…」
譲はいや増す頭痛を堪えて、重ねて問う。
「じゃあ、その中の誰かに、先輩のことを言わなかったか?」
「そうだな……頭の軽い女子高生達に逆ナンされた時に、名こそ口にしなかったけど、姫君のことを告げたかな」

「え~っ、お茶くらい良いじゃない。私達、見ての通りピッチピチの現役JKだよ」
「そうそう。こんな時間にこんなところで待ち合わせてデートだなんて、どうせ相手は有閑マダムとかなんでしょう?」
「そんな年増より、私達と一緒の方が楽しいですよぉ」
大切な人を待っている、相手は恋人、との言葉を聞いて尚、少女達は引き下がらなかった。頭から、ヒノエが待っている相手は有閑マダムだと決めつけるその妄想力と、自分には魅力があるという根拠のない自信に満ち溢れている。望美と想いが通じてからもフェミニストを気取っているヒノエだが、正直、こんな女に関わるのは願い下げだ。
そこでヒノエは冷ややかな笑みと共に告げた。
「勝手に決めつけないでもらいたいね。俺の姫君は、現役の高校生さ。もっとも、同じ女子高生でもおたくらとは月とすっぽん。何たって神子姫様は、女神の如き美しさと凛々しさと強さを兼ね備えた、正に夜空に輝く満月の化身だからね」

「お前、それ……こっちでそんな言い方したら、変質者かなんかだと思われても文句言えないだろう。少しは弁慶さんを見習ったらどうなんだ」
「ぅげっ、それだけは言われたくない。誰があんな腹黒頭巾のことなんか見習うか」
「だって、弁慶さんはどんな相手もちゃんと上手にあしらってるじゃないか。超売れっ子ホストで人気No.1なのに他のスタッフとも客同士でも一切トラブルなしだぞ」
面白くなさそうにムッと口を引き結んでヒノエはそっぽを向いた。
そこで譲は考えをまとめる。
「…となると、通報者はその会話を小耳に挟んだか……あるいは、ヒノエに袖にされたその女子高生グループってところか」
「やだねぇ、振られた腹いせに変質者呼ばわりなんて……俺も気をつけねぇと…」
「兄さん…。ラブレターもらっても、全部俺に、代わりに断っといてくれ、なんていい加減なことしといて今更何言ってんだよ」
そこで山田巡査が、咳払いをする。
「と、とりあえず、彼の疑いは晴れたので……もう、お引き取りいただいて結構なんですが…」
「ああっ、すいません!ほら、ヒノエもちゃんとお巡りさんに謝れ」
譲はヒノエの後頭部を掴んでグイグイと力づくで低頭させる。
「な…放せ、譲。何で俺が謝らなきゃなんないんだよ?」
寧ろ、変質者の疑いをかけられて連行された自分の方が謝ってもらうべき立場だろう、とヒノエは思う。しかし、譲はそうは思わない。
「元はと言えば、お前が変な言い回しをしたのが悪いんじゃないか。おまけに、先輩に電話を掛けさせたりして……おかげでこの人、可哀想に、何の予備知識も心の準備もなく先輩の怒号に曝されたんだぞ。それもこれも、お前が自力で疑いを晴らせなかった所為だ。お前の携帯で他人が電話をかけたらああなるって解ってたくせに…」
ヒノエの頭にめり込むように譲の指がギリギリと締め上げる。あの那須与一も感心し呆れる程に厳しい弓の鍛錬を重ねた譲の指を外すことは、ヒノエにも困難だった。
「わ、わかった。悪かったって…。ごめん、ごめんなさい。お巡りさんも……すみませんでした」
「解ればよろしい。じゃあ、帰りましょうか、先輩」
コロッと笑顔になって皆を促して場を後にする譲に、望美から手を放して将臣が呟いた。
「……望美より譲の方がよっぽど怖いだろう」
現に山田巡査は、望美には震えながらも口がきけたのに、今はまるで声が出せないと見える。
しかし望美は、何を今更とばかりに無視してヒノエに駆け寄った。
「ヒノエくん、大丈夫?もうっ、本当に心配したんだよ。ヒノエくんが遅れをとるなんてよっぽどのことだって……全員に召集かけなきゃならないのかと思ったんだからね」
「悪かったね、姫君」
「お詫びに、何か奢ってよ……譲くんにもね」
「承知しました。神子姫様の仰せの通りに致しましょう。ケーキ、バーガー、クレープ、アイス、チョコレートパフェ……さて本日の姫君は何をお望みですか?」
大仰に答えると、ヒノエは望美の腰に手を回して交番から出て行く。
「おい、待て、こら、俺の分は…?」
慌てて後を追う将臣に、望美は振り向くことなく楽し気に応えた。
「将臣くんは自腹だよ~。私に無体な真似した人にまでヒノエくんが奢る道理はないもんね~」
そんな彼らの背中を、山田巡査は狐につままれたような面持ちで見送ることしか出来なかった。

後日、ヒノエを変質者として通報した犯人は、校内で見つかった。
「へぇ、そう……あれは、あなた達の仕業だったの」
偶々通りすがりに彼女達の話を小耳に挟んだ望美は、殊更ゆっくりとそう言って僅かに笑って見せた。それだけだったのだが、彼女達は、女神の如き美しさはさておき、その凛々しさと強さ――と言うよりは鬼神の如き恐ろしさ――は認めざるを得なかったことだろう。
しかも、それで終わりではなかった。その後すぐ、素行不良で停学処分をくらうこととなったのだ。グループで逆ナンして、たかりどころか援交紛いのことまで繰り返していたのだから、それも当然の報いと言えよう。初犯でなかったら退学も已む無しと言ったところだ。
「ふふふ…僕は、女性と言えども、望美さんを煩わせるようなメス猫には容赦しませんよ。それに、どんな莫迦でも、あれは曲りなりにも僕の甥。身内を犯罪者になどされて堪るものですか」
戸籍名は藤原湛慶、通称を武蔵坊弁慶、ヒノエの言うところの腹黒頭巾にかかっては、底の浅い子猫ちゃん達の悪行の数々など容易に知れる。
その暗躍に勘付いたヒノエは、譲の言葉を思い出して、まだまだこの叔父に適わぬ悔しさに歯噛みしたのであった。

-了-

《あとがき》

ヒノエくんの携帯を使って他の人から電話が掛かって来たら、望美はブチ切れるものと思われます。
それが解っていながら、「そんなに疑うなら、神子姫様に聞いてみれば?」と携帯を貸すヒノエくん。番号を教えないのは勿論のこと、交番の電話を使わなかったのは、見知らぬ番号からの電話には出ないのが普通だからです。それに、ストーカーだと思われてるなら、出るはずないどころか着信拒否されてて当然ですしね。相手が嬉々として電話に出るだけで、身の潔白は証明されるようなものでしょう。

弁慶さんの本名、と言うかこちらの世界での戸籍名は、藤原湛慶となっています。
だってねぇ、現代日本で武蔵坊弁慶で戸籍作るのはあまりにも不自然でしょう(^_^;)
こちらでも、ヒノエくんとは叔父と甥の関係となっています。よって、姓は同じく藤原で、名前は甥の名前が湛増で兄の名が湛快なので”湛”は共通で、弁慶さんの”慶”と合わせて湛慶としました。いや、歴史上の人物だと湛快の弟の名は範快だそうなんですが……それは敢えて無視します。
もっとも、戸籍名を使う機会は然程ありません。ホストクラブでは堂々と”武蔵坊弁慶”と名乗っています。それと、ハンドルネームとしてもその名を使っていたことになっています。なので、周りからは「弁慶さん」と呼ばれるのが普通です。だから、無理に名づけることもなかったんですが、考えた以上はその名前も紹介しておきたかったんだよぉp(゜o゜)q

ちなみにヒノエくんは、湛増と呼ばれたくないので白龍の力で戸籍を捏造する際に名前を”ヒノエ”にしてもらいました。なので、学生証にも保険証にも”藤原ヒノエ”と記されています。で、幸鷹さんとも遠縁ってことにしてあって、各種保証人はホストやってる叔父ではなくて幸鷹さんにお願いしています。ちゃんとそこまで面倒見てくれるんですよ、幸鷹さんは…(*^^)v

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