ゆかた祭り

「夏だ~、祭りだ~、譲くんちに全員集合!」
望美の一斉メールで送信されたその文面を見て、譲は 「ああ、今年もまたこの季節が来たんですね」と苦笑した。

祭り当日の昼、召集を受けてやって来た八葉達は、畳の上に並べられた浴衣の数々に目を瞠る。
「ほら、ほら、ボサッとしてないで、好きなの選んだ、選んだ」
望美はそう言うが、これはかなりの衝撃だった。
「こちらの世界でも、このように浴衣はありふれたものなのか?」
「ですが、これらは湯上りの言わばバスローブではなく、外出着として用いる物なのですよね?」
「こっちでは、イベント事の時に着る、一種の晴れ着扱いだって聞いてるけど……この家には、サイズといい色柄といい、随分とバラエティ豊かに取り揃えられてるもんだね」
「もしかして、これも菫姫の予見によるものなの~?」
九郎、弁慶、ヒノエ、景時が口々に疑問や感想を述べる中、譲は苦笑して応えた。
「予見と言えないこともありませんけど、実はこれ全部、お祖母さまによるお手本と俺の習作なんです」
「毎年浴衣をダメにする望美の為に、譲が祖母さんに教えてもらって一生懸命に拵えたんだよな」

流行や体形の変化によって毎年水着を買い替えるのはよくあることかも知れないが、望美は毎年のように浴衣を買い替えていた。理由は簡単で、前年の浴衣が汚れたり破れたりで使い物にならなくなっていたからだ。
単純に慣れぬ恰好の所為で転んだくらいなら、洗えば済むから、まだいい。しかし望美は、リンゴ飴のシロップや焼きイカのタレを身ごろに垂らすわ、お好み焼きや焼きそばのソースを袖口に付けるわ、裾や袖を何処かに引っ掛けて破くわで、次々に浴衣を使い物にならなくして行った。
そんな望美に母親はカンカンで、ある年ついに「もう、あんたの浴衣は買いません!」と宣言したそうだ。
それでもお祭りには行きたい、行くならやっぱり浴衣を着たい。そんな望美は頑張ってお小遣いを貯めて買おうとはした。しかし、小中学生のお小遣いで買える程安いものではないし、そもそも望美はついつい誘惑に負けて使い込むので碌に貯まりもしなかった。
その結果、泣く泣く普段着で祭りに行ってションボリしていた望美の為に、譲は自分が浴衣を縫うことを決意した。
譲は料理のみならず、針仕事も人並み以上に出来る。ならば、浴衣だって作れるはずだ。そう考えた譲は、祖母に縫い方を教えてもらうことにした。
祖母は、和裁も大の得意だった。今にして思えば、あちらの時代の女性だったのだから、それも納得出来る話だっただろう。
浴衣の縫い方を教えてほしい、と言う譲に、祖母は老若男女それぞれに対応する浴衣の縫い方を丁寧に手解きしてくれた。
望美の浴衣を縫いたいのに、まずは男仕立てを教え込もうとする祖母に、譲はやんわりと異を唱えた。すると、祖母は言ったのだ。
「譲はそれで良くても、お隣ではどう思われるかしら?わざわざ仕立てたとあっては、きっと負担に感じることでしょう。だから、あなたはまず、自分の分をきちんと縫わなくてはいけません。その後で、望美ちゃんの分も作ったので御迷惑でなければ受け取ってください、と渡すようになさい」
そうして、祖母は全てを譲に教え込んでくれた。
仕込んでくれた技能も然ることながら、祖母の言葉の意味を悟ってからは、譲は言葉で言い表せない程に感謝している。
浴衣は生地だけでも決して安いものではなかった。有川家では身の回りにありふれていたそれが、実は結構いいお値段で、わざわざ見繕って仕立てたとなれば、お隣のおばさんは申し訳なさでいっぱいになり、望美は更に叱られる羽目になったかも知れない。

「上達するには、数をこなすのが一番だってんで譲の奴がせっせと縫ったおかげで、うちにはこんなに浴衣が有り余ってるんだよ。気に入ったら、何枚でも持ってってくれて構わないぜ。ほれ、こっちから男物の大・中・小だ。好きに選べ」
そう言って笑う将臣を他所に、八葉達は品選びに取り掛かった。譲が自分達の成長に合わせて作って来たので、敦盛やヒノエが着られる丈の在庫も多い。そして望美の為にせっせと作り続けた女物は色柄も豊富に取揃っていた。
「わぁ、朔、凄いね~。素敵な柄がこんなにあるよ~。これなんか、朔に似合うんじゃないかなあ?」
「あっ、その辺りは祖母のお手本ですから、俺なんかのよりもきちんと仕立て上がってます。朔も遠慮しないで、気になるのがあったらどんどん当ててみてよ」
「何枚でも、試着OK。選り取り見取りだよ」
言ってる側から、望美は「今っ年はどれに、しっようかなっ」と譲作品をあれこれ手に取っていた。近年では多少は所作に慣れ、譲の力作を無惨な姿にしてはならぬと自制が利くので、毎回とっかえひっかえ好きなものを選べる望美なのだった。

「あの……先生には、これなんか如何でしょうか?」
譲は端の方にあった1枚を、少し離れたところに居たリズヴァーンのところへ持って行く。
「私の身体に合うものがあるとは思えないのだが…」
ここにあるのは菫姫の作った一般的なサイズのものと、譲が基本的には自分と練習ついでに兄の為に作ったもののはずである。洋服と違って多少の融通は利くにしても、あまりにも規格外の自分が着られるようなものがあるとはリズヴァーンには思えなかった。あって景時くらいまでだろう。将臣に着られる物なら、景時にも着られるはずだ。しかし、将臣より更に10cm背が高くなっては、さすがに無理があろう。故に彼は、皆から離れたところに居たのだが、譲が持って来たそれはかなりの大きめサイズで仕立てられていた。
「すみません。正直に言うと、これはある意味、失敗作の類だったんです。裁断する際に俺が寸法を間違えてしまって……でも、切り詰めようとしたら、お祖母様に止められました。いつか役に立つ時が来るかも知れないのだから、そのままにしておきなさい、と…。その時は、俺が物凄く背が伸びた時のことを言ってるのだと思ったんですが、もしかしたら、先生のことだったのかも…」
だから譲は「予見と言えないこともありません」と言ったのだった。
「これ、先生にはちょうどいい丈だと思うんです。ちょっと曰くつきですけど、嫌じゃなかったら着てみてもらえますか?」
当時の譲にとってはサイズを間違えた失敗作でも、今はまるでリズヴァーンの為に誂えたような代物だ。仕立てもしっかりしていて、物自体は悪くないどころか寧ろ良質の類に入る。
「ありがたく着させてもらおう」

「神子~、譲~」
全員が身支度を終えようという頃、庭の方から声がした。
「えっ、今の声って、まさか…」
バタバタと庭の方へ走っていくと、そこには小さな白龍の姿がある。
「白龍!?どうしたんだ、そんなに小さくなって……まさか、また力が足りなくなって、それで先輩を迎えに…?」
「ううん、力は充分に満ちているよ。ただ、神子に会いたくて、来てしまった」
確かに、一人だけで帰るように言われて泣いて嫌がり、終には幸鷹にお越し願ってまで説得したその帰り際、「力を蓄えて、また会いに来る」と言ってはいたが……まさか別れて半年で本当にまた来るとは、これは驚きだ。
「でも、小さい姿じゃないとダメだってことか?」
「ううん、大きい私にもなれるよ。でも幸鷹に、来るなら子供の姿をとりなさい、って言われたから…」

「いいですか、白龍。あなたの言動は、とかく周囲の不審を抱きやすくあります。望美さん達に迷惑をかけたくなければ、こちらへ来た時は子供の姿で居るようになさい。それなら周りの人から見て何か突拍子もないことをあなたがしたり言ったりしたとしても、大抵は笑って済ませてもらえます」

それを聞いて、朱雀二人が零す。
「それは、この僕でも考えはしても言い出せなかったことだというのに、あの方はそうもはっきりと仰いましたか」
「幸鷹の奴……白龍には手厳しいねぇ」
まぁ、その厳しさを頼んで説得してもらった訳なのだが、そこまで気を回してもらえていたとなると、まだまだ借りは増えていくばかりだと思う譲なのだった。

「神子、とっても綺麗」
着替え終わった望美が姿を現すと、白龍は嬉しそうに言う。
「ここには、陽の気が満ちている。私も共に在りたい」
「じゃあ、一緒にお祭り行く?譲くん……子供用の浴衣もあったよね?」
もちろん、ある。譲は奥にしまったそれらを引っ張り出して、畳の上に並べて見せた。
並べられていくそれらを見ていた白龍が、ふと行李の中の1枚に手を伸ばした。
「これ…」
「えっ、それは女の子用だぞ」
大人の物では然して違いはないが、子供用の物だと見るからに男女の違いがある。大人ものの縮小版のような女の子用に対して、男の子用は船底袖だ。
「これが良い。神子と同じ形……色も綺麗…」
白地に濃淡の金魚と水草が舞っているそれは、かつて望美も気に入って袖を通した1枚だった。当時にしては運よく、再起不能を免れた一品である。
「本人が着たいって言うなら、着せてやればいいんじゃねぇか。ちっこい白龍は、男か女かなんてちょっと見にゃ解んねぇし……そっちの方が似合いそうだぜ」
「もうっ、兄さんはすぐそうやって無責任なことを……でも、これが女物でも本当に着たいのか?」
「うん」
すかさず頷く白龍に、譲は腹を決めてそれを着せてやると、皆で夏祭りに繰り出したのだった。

祭り会場では、3つの集団に分かれることとなった。望美はヒノエと一緒に白龍と敦盛を連れて行く。譲は景時と朔が一緒だ。そして残りは3人で九郎の面倒を見ることと相成った。
景時が射的で景品を次々と当てたり、朔が初めての輪投げで意外な才能を見せたりと楽しんで集合場所に行くと、先に来ていた望美達が譲の姿を見るなり謝り倒す。
「譲くん、ごめん!白龍がリンゴ飴垂らしちゃったの」
「悪いね、譲。俺も神子姫様に見とれて、うっかりしてたよ」
「すまない、私も不注意だった」
「……ごめんなさい」
白龍は物凄くションボリしていたが、しかし譲は笑顔で許しを与える。
「白龍、先輩も…そんなに恐縮しなくても大丈夫ですよ。俺のシミ抜きスキルは昔より上がってますし、今の俺達には強い味方が居るじゃないですか」
そこで、「ねっ?」と譲が振り返った先には景時が居て、胸を張って力強く応える。
「洗濯なら任せてといて。俺、頑張っちゃうよ~」
その遣り取りに朔は、「普段は頼りない兄上だけれど、これに関してだけは本当に頼りになるわね」と微笑んでいたのだった。

-了-

《あとがき》

八葉達の浴衣姿を想像して、つらつらと書いてしまいました。
譲くんちには色・柄・サイズ共に、全員に対処出来るだけの品々があると思われます。

菫姫がいつごろ亡くなったのかは解らなかったので、ここでは将臣くんが高校に上がった辺りを想定しています。
男の子は中学時代にググッと背が伸びたりするので、まだお元気な頃にもう将臣くんは公式並みの背丈があったということで……183cmの将臣くんに合わせて作られたものなら、+3cmの景時さんはOK。
この時点ではまだ伸びかけだった譲くんは、菫姫の言葉に「もしかして、俺は兄さんの背を超えられるのかも…」などと、淡い期待を抱いていたのでありました(^_^;)

やっと、白龍〈小〉が遊びに来ました。
神子と一緒にお祭りに行けて、大はしゃぎです。

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