運命の暗夜は続く

新年度が始まって、周りはどんどん動き出した。
望美達は無事に進級し、ヒノエは近くの鎌倉大学へと通い始めた。
リズヴァーンは幸鷹に考えてもらったネイチャリストの肩書が気に入ったようで、近隣の山や海に出掛けたり、行く先々で出会ったお宅の農作業を手伝ったり自然教室の指導員をして過ごしている。
弁慶は難なくホストクラブで超売れっ子となり、九郎も工事現場でのアルバイトに慣れて来たらしい。
景時は小さな工房の親爺さんに弟子入りを認められ、雑用に追われながらも嬉々として昔ながらの機械仕掛けのおもちゃ作りを教わっている。
そして敦盛も、先の八葉達との関わり合いから話が舞い込み、近々本格的に龍笛奏者としてデビューすることが決まった。

そうやって皆が地に足を付けた生活を送っている中で、朔だけはまだ進む方向を決められずに居た。
幸鷹からは、焦らずにゆっくり考えれば良いと言われている。高卒の資格は大検で取れるし、何処かの学校に編入する気なら大抵のところには無試験で入れるように経歴を捏造してあるそうだ。
今の朔は、京都の名門女子校に在籍しているが2年生の秋に婚約者に突然先立たれたショックで寝込み引き籠りとなり現在は休学中、ということになっていた。全くの出任せではないのでボロが出にくいし、周りも根掘り葉掘り聞くことが憚られる。 年の瀬に兄に連れられて鎌倉へ来て、やっと元気を取り戻しつつあるものの、まだ完全には立ち直っていないとなれば、深く追及されることもないだろう。
しかし、いつまでもこのままでは居られない。焦らなくても良いとは言え、今年中には今後の身の振り方を決める必要がある。休学が認められるのは2年程度で、それ以上だと制度としては認められていても大抵は留年して引き続き休学するではなくやんわりと退学を勧められるのだと、将臣が言っていた。

今どきの娘としては、着物を仕立てられるのは珍しく、それを仕事に出来ないこともないらしい。しかし、朔にとって着物を仕立てるのは生活の一部であり愛情の印でもある。家族や恋人の為に一針一針丁寧に縫い上げる物だ。
先日の舞は、季史や友雅からも「筋が良い」と褒められた。友雅だけなら多分に世辞が入るだろうが、あかねによると季史はお世辞の言い方を知らないそうだ。特に、事が楽に関することとなると、あかね相手でもかなり手厳しいのだとか…。「本気でやるつもりなら、良い師匠を紹介する」とまで言ってもらったが、これもやはり気が進まない。顔見知りの限られた者達の前でならともかく、仕事として不特定多数の前で舞う気にはなれない。

景時から頼まれて朔の相談に乗った譲は、思い切ったことを言って来た。
「俺達と一緒に、鎌倉高校へ通ってみるのも一つの手じゃないかな」
この時代で生きて行くなら、それが一番無難なのかも知れないとは思う。一般的な知識は植えつけられていても、やはり勝手の違う世の中で見知らぬ人ばかりのところよりは、譲達の支援が受けられる方が助かるだろう。
それでも朔は、すぐには頷けなかった。
「選択の自由があり過ぎて困る、と言うのは贅沢な悩みね」
元居た世界では、女性には人生を決める自由など無いに等しかった。武家の女性たる者こうあるべし、という考え方に基づいて様々な教育を受け、何をそして誰に学ぶのかは自分が決めることではなかった。
思えば、自分で決めたと言えるのは、黒龍と恋に落ち、どうしても夫婦になりたいと願ったあの時くらいのものだろうか。尼僧となったのは、彼を失った後で再嫁を拒む為にはそうするしかなかったからとも言える。
こちらにも尼僧院のようなものはあるらしいが、今はもう、望美達と別れてそちらに身を置く気にはなれなかった。

「こんな風にずっと、望美や皆様方と過ごせたらいいのにとは思うけれど…」
それ以上に望むことなど、黒龍が再び自分の前に現れてもう一度夫婦となれることくらいだろうか。
「ふふっ…朔ちゃんは欲がないね」
「ヒ、ヒノエ殿!いつの間に……えぇっ、もう、そんな時間に…?」
兄が朝干して行った全員分の洗濯物を畳みながらつい物思いに耽っていた朔は、ヒノエの声に慌てて立ち上がった。彼の帰宅時刻を過ぎたというのに、まだ夕食の支度が手つかずだ。
「焦らなくても、夕餉の支度にはまだ早いよ。今日は、ラスコマが休講になったから早く帰って来ただけさ」
言われてみれば、まだ日は高い。
「自分の都合で休みにしておいて、出席代わりにレポート提出しろだなんて、勝手なこと言ってくれるよね。しかも張り紙1枚で済ませるんだから、いい気なもんだよ」
口ではそんなことを言いながらも、ヒノエは何処か楽し気だった。
「ヒノエ殿は、充実しておいでなのですね」
「そうだね。俺は、いつでも何処でも、自分らしく生きる術を見つけるのは得意だから……でも、俺は俺、朔ちゃんは朔ちゃんだろう?慣れない世界で、生き延びる為でもないのに、そう簡単に進むべき道が見つかる方が珍しいよ」
「ですが、九郎殿でさえこちらの世界に順応して居られるというのに…」
「ああ、あれは将臣に紹介してもらって、訳も分からぬまま此処と現場を往復して、指示された通りに動いてるだけさ。自分では何も考えてないよ」
そうなのだろうか、と朔は小首を傾げる。
「順応と言うなら、景時以上に家電製品や調理機器を使いこなしてる朔ちゃんの方が、よっぽど順応してるよ。おかげで俺達は、毎日、美味しい食事と快適な住まいに恵まれてるって訳だ。そうやってこの家のことを殆ど全部一人でやって、俺達の生活を支えてくれている朔ちゃんは、本当に凄いね」
「ヒノエ殿…」
「だから、焦ることないよ。それに朔ちゃんは、立派に自分の夢を進行中だろう?」
先程、ふと口をついて出た「こんな風にずっと、望美や皆様方と過ごせたらいいのに」との言葉。それは今、現在進行形で自分が辿っている道でもある。
「ありがとう、ヒノエ殿。ふふふ……こんなにいろいろ励ましてもらえるなんて、何だか望美に妬かれてしまいそうだわ」
「大丈夫、望美は妬いたりしないよ。神子姫様も、朔ちゃんが元気になれば嬉しいだろうからね」
華麗なウインクを残して、ヒノエは自室へと上がって行く。
その背を見送って、朔は少し軽くなった胸に手を遣ると、感謝を込めて今夜も腕によりをかけて美味しいものを作らなくてはと気合を入れたのだった。

-了-

《あとがき》

ヒノエくんによる人生相談(?)第二弾(^_^;)

八葉達が次々と進路を決めていく中で、朔はなかなか決まりません。……って、LUNAがなかなか決められないだけですね(-_-;)q
朔は、現代社会においても――むしろ、だからこそ――役立つスキルをいろいろ持ってはいるんですが、果たしてそれを仕事にしたいと思うだろうか、と考えると、これがなかなか難しいです。
でも、ゲーム中でも譲と一緒にキッチンに立ってたくらいだから、朱雀組ほどではないにしても、現代生活への順応力はかなりあるものと思われます。少なくとも、器具を使いこなす能力は、どうなってるのか気になって分解しちゃう兄よりは遙かに上でしょう(^_^)

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