能舞台にて

京の龍神の神子様御一行が鎌倉にやって来た。
幸い無事に、宿が取れ、管弦の集いの会場として長谷にある能舞台を押さえることが出来た。
筝も琵琶も、菫姫の形見が有川家に眠っていた。調弦は永泉がやってくれるので問題ない。
望美と朔も舞うことになり、あかね共々、貸衣装に身を包んで準備に余念がなかった。

敦盛の笛とヒノエの筝の音に乗って、まずは当代神子コンビが息の合った舞を披露した。
次に、あかねの筝と友雅の笙と永泉の笛と幸鷹の琵琶で、季史が舞った。
それから本格的に敦盛の笛と永泉の筝と友雅の琵琶で季史が舞ったところで、小休止が設けられる。

客席に戻って来た望美達の前で、花梨は肩を落とした。
「白龍の神子で私だけが無芸なんだね。こんなことなら、紫姫のところで何か習っとけば良かったなぁ」
「そう思われるのなら、今からでも何か習われたら如何ですか?こちらの京でも、芸事を教えてくれる場所はたくさんありますよ。体験教室も多く、広く門戸が開かれています」
「ん~、でも昔やらされてたピアノとバレエを勝手に辞めちゃったから、今更習い事させて欲しいなんて言い難いんですよ」
幸鷹の勧めに花梨が渋っているのを見て、友雅が横から口を挟む。
「私が教えてあげようか?手取り足取り、幾らでも面倒見るよ」
「何教える気だよ!」
すかさず天真が友雅をはたいた。
そこへ、永泉が勇気を振り絞って申し出る。
「あの……和楽器でしたら、私が手解きさせていただくことも出来ます。大抵の物は持ち合わせもございますので、ご興味がございましたら、いつなりと仰ってください」
「えぇ~っ、良いんですか?それじゃあ、帰ったらすぐにでも片っ端から体験教室に申し込んで、やってみたいものを探してみます」
嬉しそうな花梨の様子に、永泉は思い切って言ってみて良かったと胸を撫で下ろす。
「でも、私に出来るかなぁ」
「心配は要らないよ。この幸鷹でさえ、琵琶が弾けるんだ。楽才などなくても努力だけで音を鳴らすことくらいは出来ると言う、いい見本が目の前にあるだろう」
「確かに、幸鷹さんが琵琶弾けるなんて意外でしたね。でも、そっか…京の貴族だったんだから、心得くらいあっても不思議じゃないか」
「はい、本当に心得しかありませんが…」
友雅の言う通り楽才はないので拙いものだが、弦楽器や笛など複数の楽器を嗜んでこその平安貴族だ。負けず嫌いな性格のおかげもあって、弾いたり吹いたりくらいのことはどうにか出来る幸鷹であった。

それでこの話題が終わるかと思いきや、望美がふと呟いた。
「貴族の嗜みとして幸鷹さんが琵琶を弾けるなら、あの知盛が舞を得意としてても不思議じゃないってことだね」
「先輩……その言い方は、幸鷹さんに失礼ですよ」
「おい、待てよ、望美。何でお前が、知盛の奴が舞を得意としてるなんて知ってるんだ?」
譲はともかく、将臣の問いには望美はギクリとした。この将臣とは裏熊野に行ってないし、そもそもあの時も将臣は居なかったような気がする。
しかし、望美は慌てず騒がずリズヴァーンを見習って答えた。
「教えてあげないよ」
「……スナック菓子のCMかよ」
将臣は呆れたように言ってから、思い出したように独り言つ。
「何で、知盛みたいな奴がああも優雅に舞えるんだかな。俺には、幸鷹の琵琶と同じくらい不思議…」
「呼んだか…兄上?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには知盛が立っている。
「何で、お前がこっちの世界に居んだよ!?」
将臣が叫び、望美も口をあんぐりと開けた。クリスマスに教会で見かけたような気はするが、あれは夢だと思っていたし、それ以来こっちの世界で見かけた覚えはないし、この知盛が居たなら当然起きたであろう騒ぎを耳にした覚えもない。
「いつから、こっちの世界に居たんだ?」
言葉を失ってしまった二人に代わって譲が訪ねると、何と年の瀬から居たと言う。ひょんなことから親切な老婦人に拾われて、そのまま世話になっているらしい。”女”ではなく”御婦人”には年齢を問わず優しいところのある知盛は、頼もしい男手としてもすっかり気に入られて、彼女は知盛のことを過去を失った若者だと信じ込んで身内として引き取ってくれたそうだ。おかげで知盛は、いろいろと勝手が解らないながらも安定した生活が保証され、この三ヶ月の間に大分こちらの世界に馴染むことが出来たのだと言う。
「……で、何でまた、ここに居んだよ?」
やっと立ち直った将臣が再び訪ねると、知盛はニタリと笑う。
「兄上の家を付き止めて訪ねたら、母上が教えて下さった」
「おふくろの奴、余計なことを…」
「でも、関係者以外立ち入り禁止にしたはずだ。季史さん達のファンが何処かで聞きつけて入り込まないように、ここの人達には念入りに頼んであったのに……どうやって入り込んだんだよ?」
「お前達の名を出したら、あっさり…」
有名人でも何でもない有川兄弟や望美の名を出したことで、簡単に関係者と認定されてしまった知盛なのであった。
「経緯は解ったけど……何しに来たの?」
望美の問いに、知盛は気怠そうでありながら何処か楽し気に言った。
「大夫殿の笛で……源氏の神子と共に、是非一差し」
用意周到に衣装まで持ってやって来た知盛を見て、彼を知らない者達から挙ってその舞を見たいと訴えられては、望美達も拒むことなど出来はしなかった。
そして、知盛と不思議なくらい息の合った舞を目の前で舞う愛しの神子姫様の美しさに、ヒノエは苦々しく思いながらも改めて魅了されたのだった。

-了-

《あとがき》

前作の続きで、あかねちゃん達が鎌倉にやって来ました。
そして、気の向くままに舞ったり奏でたり……危うく、先代メンバーだけが客席Onlyとなるところでしたが、考えてみれば幸鷹さんは7年も平安貴族やってたんだから楽の嗜みくらいはあるはずだよね、ってことで舞台に上がってもらいました。得意楽器に琵琶を選んだのは、それが一番(中原茂さまが得意とする)ギターに近かったからです。

ついに知盛まで出て来てしまいました。
白龍の力を借りずとも、彼は立派に人生を切り開いております(^_^;)
おかげで、ヒノエくんは複雑な想いをしています。何せ、初めて見た望美の舞が知盛との二人舞で、しかも息はピッタリ合ってる訳ですから……朔との舞の時は舞台の端から見えただけだし、さすがのヒノエくんも敦盛さんの笛に合わせるとなると気を散らす訳にはいかないので、見惚れないようにしてたものと思われます。

尚、望美の「教えてあげないよ」については、御存知の方は『ポリンキー』のCMを思い浮かべてみて下さい。

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