御礼参り

大学合格の報と大量の土産を担いだ敦盛と共に、ヒノエは京の地を踏んだ。

今回の訪問に際し先方の都合を聞いたところ、近々仲間の出演する雅楽の舞台があるので、その日に京へ来ないかと誘われた。舞台をご覧になりませんか、の後には、宜しければ敦盛殿もご一緒に、との有り難いお言葉も付いていた。
「本当に、私などが一緒でも良いのだろうか?」
「向こうが良いって言うんだから、良いんじゃないの?全員は無理だけど、1~2人なら席を用意出来るって話だし、お前がこういうの好きだって知ってて誘ってくれてるんだからさ。折角の御指名、断る方が悪いだろ」
「なるほど……しかし、その、京へ赴くには交通費なる金子が相当掛かるものと…」
白龍の力でかなりの額の預金があるらしいのだが、収入の見通しの立たない状態では、どれだけ使って良いのか不安な敦盛だった。
「平気、平気、お前一人が往復するくらいなら回数券の余りがあるよ。それに、先方への土産が結構嵩張るから、お前が一緒に来てくれるなら持って貰えて有り難いしね。まぁ、どうしても都合がつかないってんなら、無理強いはしないけど……どうだい?」
「……喜んでお供させてもらう」
誘いにあった舞台はその筋では有名な舞手と奏者によるもので、チケットはその方面に興味のある者ならば喉から手が出るほど欲しがる代物だ。当然、敦盛がその魅力に勝てるはずもなかった。荷物持ちという大義名分があるならば、もう遠慮などしていられない。くれぐれもヒノエの傍を離れないように、などと皆から心配そうに見送られて、敦盛は土産の白鳩缶を担いでヒノエと共に京都へと向かったのだった。

ヒノエは幸鷹に丁寧にお礼を言って土産を渡し、花梨も交えてしばし歓談した後、劇場で先々代の神子達と顔を合わせた。
とりあえずお互い簡単に名乗るだけして、まずは舞台へと気を注ぎ、終わってから近くのレストランの個室へと移動した。そこで改めてお互いの情報交換に勤しむ。
聞けば、彼らの時代の龍神は随分と力があったものと見えて、元々こちらの人間だった天の青龍と地の朱雀と黒龍の神子に加え、地の白虎と天の玄武にも時空を超えさせて生活基盤を隙なく整えてこちらの人間にしてしまったのみならず、神子が役目を果たす中で怨霊として浄化せざるを得なかった神子の恋人を転生させたらしい。それに比べてこっちの龍神は何とも頼りにならないものだ、とヒノエは心の中で嘆いた。
また、先々代と先代の八葉は似た者同士らしいのだが、当代では随分と様変わりしているとのことで、お互い驚きを隠せなかった。
そうこうしている内に、季史と友雅と永泉が顔を出す。
「季史さん、友雅さん、永泉さん、お疲れ様でした。すっごく素敵でした。永泉さんも、なかなか堂に入ったものでしたよ」
「あかねに喜んでもらえて何よりだ」
「神子殿からの称賛の声は、また格別だね」
「私など物の数ならぬ身ですから……拙い演奏で皆様のご迷惑になってはと必死の想いで務めさせていただきました」
柔らかく微笑む季史と、赤くなっておろおろする永泉を、ヒノエはマジマジと見つめた。
「へ~、あんたがあかね姫の想い人か。で、こっちが天の玄武?敦盛と結構似てんじゃん」
「そうだろうか?自分ではよく解らないのだが…」
「私など、ってお前もよく言ってるだろ。そういうトコ、そっくり。それに楽才に溢れるところもよく似てるし……・天の玄武は時代が変わっても大して変化なしってことかね」
ヒノエの言葉に、見知らぬ者の存在を訝しんでいた永泉が弾かれたように目を見開いた。
「では、あなたも天の玄武なのですか。ああ、そのような方とこうしてお会い出来ようとは……初めまして、こちらでの名を末永深泉(すえなが ふかみ)と申します。ですが、神子や八葉の方々からは、以前同様、永泉と呼んでいただいております。どうぞ、あなたも永泉とお呼びください」
「平敦盛と申す。私のことは、敦盛と呼んでいただきたい」
天の玄武同士は仲良く手を取り合って挨拶を交わした。

その後、敦盛と永泉は音楽に関する話題で熱く語り合い、途中から季史や友雅も加わり、気が付けばあかねや幸鷹、ヒノエまでも巻き込んで仲間内で管弦の集いを催すことが決まってしまった。どんどん話が膨らんで敦盛が焦り出した頃には、開催は春休み中にして鎌倉で行ってはどうか、との計画にまで発展する。
「いいな、それ。他の奴等にも会ってみたいもんな」
「私も、朔って人に会いたい。あかねに花梨さんが居るように、私も黒龍の神子仲間が欲しい」
森村兄妹がそう言えば、あかねと花梨も望美に会いたがる。幸鷹も、皆を京へ呼ぶより自分達が鎌倉へ行く方が建設的だと賛同する。
「人数の問題もありますが、この時期、京都よりも鎌倉の方が宿が取りやすいでしょう。いざとなれば、あの家に転がり込めば済みます」
ヒノエ達が暮らしているシェアハウスの持ち主は幸鷹だ。家主様の訪れを拒むことなど出来はしない。その時は、譲のところにでも世話になろうと心密かにヒノエは決意した。

-了-

《あとがき》

ヒノエが敦盛に持たせた白鳩缶、それは今や幻となった96枚入りの鳩サブレ―です。
枚数が多くなると箱入りではなく缶入りになるんですが、通常は黒線で鳩三郎が描かれた黄色い缶です。今あるのは全部それかな?
でも、昔、金色線で鳩三郎が描かれた白い缶があったんです。多分90枚じゃなくて96枚だったと思うんですが…(^_^;)

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