炎の受験

「へ~、ヒノエくん、大学合格したんだ。おめでとう」
「ああ、補欠だけどね。鎌倉大学の商学部で定員割れの補充入試が行われたんだ。それを受けてみたら、めでたく合格したって訳さ」
「鎌大だって!?」
望美とヒノエの会話を聞いて、譲が驚嘆の声を上げた。
それもそのはず、鎌倉大学と言えばそれなりにハイレベルな大学だ。超有名大学には一歩劣るものの、そこの入試はつい先日まで現代学校教育を受けていなかった者が簡単に合格出来るほど甘くはない。そもそも、定員割れしたこと自体、信じ難いことであった。
「そう言や、今年は超有名大学の入学手続きの締め切りが延びた影響で、これまで定員割れしたことのないトコでもあちこちで入学辞退者がごっそり出たとかって話だったな。鎌大もその一つだったって訳か」
「だからって、そんな簡単に……そりゃ、白龍の力で平均的な教科書の中身は全部頭に入ってるはずだけど……でも、それだけで合格出来るってもんじゃないだろう」
将臣の言うような話には譲も聞き覚えがあったが、それで納得出来るかと言うと話は別である。単に書かれていることを丸暗記しているだけで馴染のないテストで合格点が取れるとは思えない。
「勿論、短期集中で受験勉強に勤しんだのさ。平日は京都に詰めて、朝から晩まで徹底的に鍛えてもらったよ。やると決めたら容赦しないのが、天の白虎の持ち味なのかね。毎日、寸暇を惜しんで机に齧り付いて、週末にこっちへ戻る時は往復の新幹線の中で山程宿題を解かされたよ」
「おかげで合格出来たんだから、文句言うなよ。幸鷹さんに勉強見てもらえるなんて、物凄く贅沢なことなんだぞ」
「まぁね、そこは感謝しないでもないけれど…」
幸鷹による個人指導は贅沢な一方で、大変厳しくもあったのだった。

幸鷹に手伝ってもらって白龍に現代での生活基盤を作ってもらった後、八葉と朔は有川家の近くの一軒家で共同生活をしている。
それぞれ思うところあって引越を考えていたところに、先日の集まりで意気投合したこともあってハウスシェアを始めたという設定だが、要はこちらでの生活に慣れるまではなるべく離れないで居ようということである。何しろ、九郎や敦盛や景時などは、とても自立など望めない。誰かが面倒を見てやらねばならないが、それを特定の誰かに振り分けるにはまだ他の者達もこちらの生活に精通していなかった。
そんな中、ヒノエは大学へ進むことにした。会社を興すにしても、高卒よりも大学在学中そしてゆくゆくは大卒の方がウケが良いだろうし、こちらの経営学や社会学などいろいろと専門機関で学んでおいた方が良いと思ったのだ。
しかし、殆どの大学は出願を締め切っていたし、白龍に植えつけてもらった知識を自分のものにするにも時間が必要だった。ここは、浪人して望美達と一緒に受験するのが順当なのだろうが、ヒノエは時間を無駄にはしたくなかった。今年は定員割れの補充入試を行う大学が多くありそうだとのニュースを耳にして、ヒノエは今年の受験を決断した。通学時間が結構かかることを覚悟すれば、都内には大学の数がかなりある。あまりにも名ばかりな大学では願い下げだが、それなりのところでも補欠入試があるとしたら、それに賭けてみるべきだろう。
心を決めたヒノエは、すぐさま幸鷹に連絡を取った。
「学ぶ意欲のある者に手を差し伸べるのに、否やは有りません。ですが、私にも仕事があります。こちらへ来ていただけるのならば、いくらでもご教示致しましょう」
そうしてヒノエは、平日は幸鷹のマンションに寝泊まりして朝から晩まで勉強漬けとなり、週末は望美に会うために鎌倉へ帰るという二重生活を開始したのだった。

幸鷹が仕事に行っている間は、山と積まれた問題集の中から指示された範囲の問題を全て回答しておくことを義務付けられ、帰って来てから間違い箇所や不明点について解説を受けた。仕事の無い日となると、それこそ一日中、マンツーマンでの徹底指導だ。
その勉強量たるや生半可なものではなかった。最低限の生活行動以外は全て勉強に充てた。朝夕のジョギング中も携帯プレイヤーを使ってリスニングの為の貴重な勉強時間だ。それだけやっても時間は足りないくらいだったが、優秀な教師と要領の良い生徒の組合せが功を奏し、運良く近くの大学でも補充入試が行われると聞きつけて受験したヒノエは、見事にそのチャンスを活かすことが出来たのである。

「一度、回答数が足りなかったことがあってさ……そうしたら、幸鷹の奴、無言で首根っこ掴んで叩き出すんだぜ。必死に謝って頼み込んで何とか許して貰えたけど、野郎相手にあんなに必死に謝ったのなんか年端もいかないガキの時分以来さ。とにかく、ちょっとでも気を抜くと、やる気がないならどうぞお帰り下さい、と来るんだ。それを笑顔で言う時の迫力は、並大抵のもんじゃなかったね」
その「お帰り下さい」の後には、もれなく言外に「二度と来なくて結構です」が付いていた。
「それでも最後まで面倒見てくれるなんて、やっぱり幸鷹さんっていい人だね」
「ヒノエ…合格の報告は電話やメールで済ませずに、菓子折りでも持ってきちんと挨拶に行って来いよ」
「譲に言われるまでもない。先方の都合次第では明日にでも早速行って来る予定さ」
合格の一報は、入学手続きを済ませたところで即座にメールしておいた。その際、向こうの都合に合わせて、お礼の挨拶がてら詳しく報告に行きたい旨も伝えてある。後は、返事を待つだけだ。
受験勉強から合格メールまで、ヒノエのその手際の良さに、現代組3人は揃って舌を巻いたのだった。

-了-

《あとがき》

ヒノエくんの進路が決まりました。
尚、これを書いている時点で、鎌倉大学は存在しません。鎌倉女子大学ならありますけどね(^_^;)

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