始まりは他力本願

荼吉尼天を倒し、白龍が力を取り戻し、今度こそ平和を手にしたと思った望美達だったが、その後の身の振り方について考えた時、様々は問題にぶち当たった。
あの和議の場から、荼吉尼天を追ってこちらへ来た時は、望美と有川兄弟以外は当然のごとく帰るつもりで居た。
ところが、こちらの世界で伝えられている鎌倉時代のことを知り、また元の世界での今後の立場などを考えてみると、それはあまり有り難くない結果を招くように思えてならなかった。
弁慶やリズヴァーンは上手く立ち回れるかも知れないが、他の面々は難しい。九郎が難しい立場となるのは勿論のこと、敦盛や景時、ヒノエや朔だって例外ではない。
いろいろ話し合った結果、全員がこちらの世界への残留を希望した。
「俺は兄上と対立する為に帰るなど、考えられん」
「神子姫様と一緒に居られて熊野の為にもなるんなら、帰らないのが一番さ」
「皆が残るのに、僕だけ帰っても面白くありませんからね」
「俺、こっちの世界でのんびり暮らしたいな~」
「私は…もう戦は嫌なのだ」
「神子の居る場所が、私の居るべき場所だ」
「望美と離れたくないし……兄上を置いて帰るなど出来るものですか」

さて、居残るとなると、今度は別の問題が発生する。この大人数の身の振り方をどうするか。
こちらへ跳んだ当初は、有川の両親が都合よく旅行に出掛けてしまったので、全員を有川家で引き取ることが出来た。近所の人達だって、冬休みということもあって、見慣れぬ集団が出入りしていても友達が泊まりに来ていると勝手に解釈してくれただろう。何でもかんでも物珍しそうにしている九郎達の様子などは、よっぽどの田舎から出て来たのかとでも思われていたに違いない。
しかし、定住するとなると話は別である。いつまでも、有川家で面倒を見る訳にはいかない。
有川の両親は、置手紙1枚で何の前触れもなく旅行に行ってしまうような人なので、帰って来てからも短期間ならまだ彼らを寝泊まりさせることは出来るだろう。これまでにも、将臣がいきなりバイト先の友達を連れて来たり、将臣が旅先で知り合った友達が連絡もなく訪ねて来たりしたことはあったが、その時も両親は平然と受け入れていた。譲だけはその度にプンスカ怒っていたのだが、こんな時は兄の日頃の不行状が有り難く感じられる。とは言え、それにも限界と言うものがあろう。
第一、今後も付き合っていくとなると、その場限りで適当に関係を誤魔化す訳にもいかない。いくら大らかな両親でも、どんな知り合いなのかを全く気にしないはずがない。年齢もバラバラで、派手な人ばかりで、女性まで居るのだ。

「どうするんだよ、兄さん。携帯の契約くらいなら何とかなるけど、完全に人の存在をでっち上げる方法なんて俺には思いつかないよ」
白龍が完全に力を取り戻した今、どんな過去でも簡単に捏造出来るはずなのだが、そこには大きな障害があった。白龍は何でも出来るが、何をすれば良いのかが解らないのだ。皆が携帯を入手する時も、まだ不完全だったとは言えその力を使って身分証明書を偽造するにあたっては、有川兄弟の知識と知恵を寄せ集めてどうにか凌いでいる。

譲が困り果てていると、ふらりと何処かへ出掛けていたらしい白龍が嬉しそうに戻って来た。
「強力な助っ人を見つけたよ。昼過ぎには、ここに来てくれる」
「助っ人だぁ?」
「昼過ぎって……それじゃあ、そろそろ来ても不思議じゃないってことじゃないか。もっと早く言えよ」
無責任な神様も居たものだが、それがこの白龍だと譲もあまりガミガミ言えない。慌てて譲は辺りを片付け始めた。
そうこうしている内に、有川家の呼鈴が音を鳴らした。
「来た。は~い」
元気に返事をして白龍が玄関を開けると、スーツ姿で眼鏡をかけた涼し気な印象の青年が立っていた。
「いけませんね、いきなり玄関を開けるなどしては物騒ですよ。こちらの方々は腕が立つとはいえ、もっとこの世界の常識というものを弁えて行動するようにしてくださらないと困りますね」
「……ごめんなさい」
肩を落とした白龍の陰から、譲が顔を出した。そして、その青年の顔に見覚えがあるような気がしながら、問い質す。
「どちら様でしょうか?」
「初めまして、藤原幸鷹と申します」
顔と名前がリンクして、譲は驚愕する。
「藤原幸鷹…さん……って、あの天才物理学者の藤原博士ですか!?」
「確かに私は物理学者ですが、天才などではありませんよ。ただ、学問や研究が好きなだけです」
幸鷹は平然と言って退けると、玄関先でそれ以上の問答をすることの是非をやんわりと説いて、リビングへと招じ入れられたのだった。

「あの…それで、どうしてあの藤原博士がうちに…?」
皆を別室に隠しておいて、譲はお茶を出しながら問うた。
「幸鷹で結構です。白龍よりお話は伺っておりますが……あなたが当代の天の白虎ですね?」
「えっ、何でそれを…!?」
「幸鷹は、譲の先代の天の白虎なんだよ」
白龍は何でもないことのように言うが、譲にしてみれば青天の霹靂である。
「……ってことは、幸鷹さんは龍神の神子と一緒に京で戦った後、こっちの世界に来ちゃったってことですか?」
おおっ、それでは時空を超えての生活の先達か、と聞き耳を立てていた面々は期待を胸にリビングへと湧いて出た。
「来た、と言うのは正確ではありませんね。元々、私はこちらの人間でしたので…」
何だぁ、それじゃ参考にならないじゃん、と落胆の空気が辺りを取り巻く。
「ですが私は、神子殿より7年も前にあちらへ召喚されて、以来ずっと京の人間として暮らしておりました。陰陽の術でこちらでの記憶を封じられ、完全にあちらの人間だと思い込んでいたのです。その封印を解いてくれたのが、当時の龍神の神子であり、今は私の最愛の恋人である花梨です」
さらりと惚気も含めて身の上を語る幸鷹に、それでもまた一同の期待が高まった。
「あの戦いの後、私は花梨とこちらの世界へ戻って暮らすことを望みましたが、当時の龍神もいろいろと不手際が多く……7年間の空白を埋めるのには苦労致しました。何しろ、幸か不幸か私にはこちらでの過去があり召喚以前も少々名が売れておりましたので、経歴を詐称するのは困難を極めまして……不特定多数の記憶操作は当時の龍神でも無理とのことで、結局は体験そのまま、召喚時の飛行機事故で記憶を失い、別人として生活していたことに致しました。何処で暮らしていたかさえ黙っていれば、嘘ではありませんからね。別名で暮らした記録などは龍神の力で捏造していただきましたが、元の記憶を取り戻したら記憶を失っていた間のことなど覚えていなくて当然ですので、深く追及されることもありませんでした。ですが、空白期間を埋めるための勉強や失われた戸籍を取り戻すのは全て自力で行いました。不思議の力など、利用しないで済むならそれに越したことはありません。その代わり、戻って来た当初は一騒動どころでは済みませんでしたが……いえいえ、恨んでなどはおりませんよ。ただ、人の世の営みに疎いからと言って、後始末の仕方を心得ていないのは如何なものかと思っているだけです。おまけに此度は花梨を丸め込んで、辻褄合わせの相談の為に私にここまで足を運ばせる始末ですからね。果たして龍神は何処まで私に面倒を押し付けるつもりなのかと、文句の一つも言ったところで罰など当たらないでしょう」
「……ごめんなさい」
文句を言われた当の龍神は、罰を当てるどころか、心底申し訳なさそうに謝るしかなかった。

「えぇっと…つまり……幸鷹さんは、俺達の相談に乗る為にいらして下さったのだと思って良いんでしょうか?」
「はい、そのようにお考えください。これも御縁と言うものでしょう。龍神に丸め込まれたとは言え、花梨からもよろしく頼まれたことですし……可能な限りお力添え致します」
ニッコリ笑って請け負う幸鷹に、九郎と梶原兄弟と敦盛と望美と譲は素直に感動し、将臣と朱雀コンビはその笑顔の裏にあるものを読み取って眉を顰めた。
「おい、白龍。お前…先代の神子に何言ったんだ?」
「幸鷹の力を貸して欲しい、って頼んだんだよ」
いや、絶対それだけじゃない。白龍が先代の神子を丸め込んだなる発言が短い間に二度もあった。あれは、そのことをかなり根に持っている。龍神を恨んでないとは言っていたが、あの爽やかな笑顔の裏で実は物凄く怒っているに違いない。長いこと譲を見て来た俺には嫌でも解る、と将臣は震え上がっていた。
「白龍…正直にお話しなさい。あなたは、他にも先代の神子に何かしたはずですよ」
「他に…?ううん、私達が困ってることを話して、助けを求めただけ…」
「白龍、内緒話ならそれらしくなさい。あなたの声だけ丸聞こえです」
白龍の語尾に被るようにして、相談場所について譲と話していたはずの幸鷹の鋭い声が飛んだ。反射的に、将臣と白龍の背がピンと伸びる。
「幸鷹、って言ったけ?あんた、白龍への態度がやけに厳しいようだけど……あんたの龍神への怒りをこいつにぶつけるのは、お門違いだと思うね」
「ええ、仰る通りですね。ですから私は、この白龍に対する怒りをご本人にぶつけているだけですよ」
ここに至って、九郎達も目を丸くして幸鷹と白龍を交互に見遣った。
「白龍……よっぽど失礼なことしたんですね。ごめんなさい、こう見えて中身は小さな子供なので、何とか大目に見てやってください」
望美と譲が代わりに謝ると、幸鷹はきまり悪そうにその頭を上げさせて言った。
「小さな子供らしい失敗なら大目に見ます。ですが、私に頼み事をするのに、私に直接ではなく花梨に先に話をつけるのは、果たして子供の過ちでしょうか?私の存在に思い当たったものの居場所が感じ取れず、辛うじて存在を感知出来た花梨のところを訪れたまでは良しとしましょう。ところが、この白龍はそこで花梨に全ての事情を打ち明けて、私の助力を得る内諾を受けてしまったんです。全ての話が纏まってから事情を聞かされ、溜め込んだ宿題で手の離せぬ花梨を置いて一人でここまで来るしかなかった私が、腸が煮え返るくらい怒って何が悪いんですか」
「……何も悪くありません」
素直な人々は、揃ってそう応えたのだった。

しかし、幸鷹が怒っているのは白龍に対してだけであったようで、他の者に対しては大変柔らかな物腰で実に親身になって相談に乗ってくれた。元々、力を貸すことには異論などなく、ただ白龍の態度に問題があっただけらしい。
有川父の書斎での個別面談に裏のまとめ役である星の一族として同席していた譲の目には、その姿は時に人生相談のプロのように、時に熟練したカウンセラーのように、そして時にベテランの進路指導の先生のように映り、大変頼もしく思えたのだった。これまでも学者としての幸鷹に漠然とした尊敬の念を抱いていた譲だったが、ここに至っては、先代の天の白虎として、そして人間として、大いなる憧れと尊敬の念を抱かずには居られなかった。
「凄いなぁ、幸鷹さん。あんなに聞き上手で、専門以外のことにも造詣が深くて、次々と的確なアドバイスして……あれなら、さぞかし先代の神子からも頼りにされたんだろうな。うん、さすがは龍神の神子を射止めただけのことはあるよ。俺なんか、先輩から頼りにされるのは食事の時くらいで……そんなことだから、みすみすヒノエに攫われるのを指銜えて見てるような羽目になったんだな」
譲には、先代の神子が望美と違って芯は強くとも手弱女であるという認識は皆無だった。しかし、それを知ったところで果たして救いとなったかどうかは定かではない。

各人の適正と希望に沿って大まかな経歴と今後の身の振り方について話を纏め、幸鷹は帰って行った。
とりあえず、彼らの関係については「源平の戦いについての異説で共感を覚えた譲のネッ友とその関係者」で「両親が留守にしている間に有川家でお泊りのオフ会」をして「全国から集まって熱く語り合って、端で見ていた望美や将臣も含めてすっかり意気投合した」ことに決まった。
まだ時間の猶予はあるので、経歴や今後の身の振り方などの細かい部分は実際に現場を見たり体験してみてから決めるものとして、しばらくは電話やメール等で連絡し合うことになる。白龍の出番は、その後だ。それまでは、これまで通り、素性は伏せて生活する。その一方で、準備期間の内にシェアハウスを一軒手に入れる手筈となっていた。
「いい人だったね、幸鷹さん」
望美がそう言うと、皆も口々に好感を示した。
「まっ、悪い奴じゃなかったよな。堅物そうに見えて、結構話の解るところもあったし…」
「こちらの言葉は難解なものが多いが、解り易く説明してもらえて助かった」
「確かに、かなりの切れ者のようだね」
「僕もまだまだのようです。大海は思っていたよりも広かったことを思い知らされました」
「幸鷹さんを見習って、俺ももっと先輩のお役に立てるように頑張ります」
「俺のカラクリ、褒めてくれて……これを仕事に活かす方法なんかも、いろいろ教えてくれたんだよ。俄然、やる気が湧いて来ちゃった」
「ああ、私のようなものにまで、あのように親身になって下さって…」
「……新たな道が見えた」
そして最後に、朔もしみじみと言う。
「あの堂々たる立ち居振る舞いに豊富な知識に鮮やかなお手並み……譲殿と言い幸鷹殿と言い、兄上よりもお若いのに、天の白虎はどうしてこうも頼もしいのでしょう。同じ白虎の加護を受ける者でありながら、兄上と来たら……これぞ正しく、天地の差ということなのかしら」
「朔~、そんなこと言われたら、お兄ちゃん泣いちゃうよ~」
朔に泣き付く景時を見て、確かにこっちの方が年上のくせに頼りない、と朔の言葉に一同深く感じ入ったのだった。

-了-

《あとがき》

書くほどに幸鷹さんの贔屓度が高まっていきました。
今後も都合によりいろいろとお世話になる予定だし、一人くらいは白龍に厳しい人も居て欲しいので、そのポジションに幸鷹さんを猛プッシュです。

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