円覚寺にて
荼吉尼天を倒し、晴れて新たな年を迎えることが出来た望美は、ヒノエを掛け値なしのデートに誘った。
    「神子姫様からのお誘いを断るなんて、俺にはそんな罰当たりな真似は出来やしないね」
    突然の誘いにも拘らず、ヒノエは二つ返事で同行し、二人は円覚寺の細い階段を上って行った。
階段を上り切ると、こじんまりとした茶店がある。
    「ここに来たら、やっぱりコレだね」
    そう言ってヒノエに安倍川餅を二人前買わせた望美は、茶店の女将から小振りな棕櫚箒を借り受けた。
    「その姫君には不似合いな物について、説明してもらえるかい?」
    「口で説明するより、実際に見てもらった方が早いと思うよ」
    ヒノエの問いにそう答えると、望美はヒノエの左側に腰を下ろす。そして、自分の分の皿を膝に置き、箒を左脇に立てかけたのだった。
二人で餅を食していると、その時は意外なほど早く訪れた。
    周りを囲む木々から愛らしい茶色の小さな生き物が飛び出したかと思うと、望美の左手が箒を一閃させる。
    「解った、ヒノエくん?」
    「それの使い方は、ね」
    ヒノエは、望美の行動に驚きを隠せなかった。
    箒を振るう手並みには今更驚きはしない。何しろ、望美は白龍の神子として鮮やかに剣を振るって来たのだ。得物が姿を変えたところで、さほど驚くべきことではない。
    だが、怨霊相手に一歩も引かないその強さの一方で、敵対する平家の者にさえ情けをかける心優しい神子姫が、か弱い動物相手に躊躇うことなく箒を一閃させたのだ。ヒノエはそのことに、我が目を疑った。
    「私から食べ物を横取りしようだなんて、万死に値するよ。当てなかっただけ感謝しなさい」
    タイワンリスに向かって、望美は冷笑を浮かべて言い放った。
    当てればさすがに寝ざめの悪いことになることを、望美もよく知っている。だから、飛び出したところで、剣圧で吹き飛ばすこともない絶妙の間合いで、箒を一閃させたのだ。
    言葉は通じなくても、リスの方もこの人間は只者ではないと解ったらしい。慌てて木陰に逃げ込むと、もう近寄っては来ない。
その後も、別の個体と思しきタイワンリスが何度か餅を狙ってやって来たが、望美はそれら全てを箒で撃退した。
      「姫君は、いつもこんなことをしてるのかい?」
      「まぁね。リズ先生と来た時には、先生がリスを引き寄せておいてくれたから、のんびり食べられたけど……譲くん達と来た時は、大抵、交代で追い払ってたんだ」
      そう言いつつも、望美は自分の分をしっかり食べ終えていた。その手際の良さは、どう見ても単独で相当場数を踏んでいるように思えてならない。しかしヒノエには、そんなことよりも遙かに重要な、決して無視など出来ない望美の発言があった。
      「へぇ、譲達は幼馴染だから仕方がないとして……リズ先生とも来たんだ。そいつは、妬けるね」
      「でも、デートで来たのはヒノエくんが初めてだよ」
      出会った頃なら真っ赤になってオロオロしたであろうヒノエの甘い声音と流し目も、望美にとってはすっかり慣れ親しんだものだ。端で見聞きしている観光客がざわめく中でも、望美は平然と切り返してしまう。
      「好きだから、一緒に食べたかったんだ」
      「ふふっ、光栄だね」
      一見すると余裕の笑みを返しながらも、その「好きだから」は餅と自分のどちらに重きが置かれているのか、とてもではないが確認出来ないヒノエであった。
-了-
《あとがき》
円覚寺の上の茶店で安倍川餅を食べているとタイワンリスが襲ってくるのは実話です。
    他の物でも狙われますが、茶店のおばちゃん曰く、安倍川餅が一番狙われるそうです。一度だけですが、そう言って棕櫚箒を貸してくれたことがありました。その時は、食べている間、箒で母にリスを威嚇してもらいました。
ちょっと見たところ可愛いからって、奴らに甘い顔をしてはいけません。
    生態系を崩す外来種だし、木々だけでなく寺社仏閣も食い荒らすし……すっかり地元に定着してしまったようですが、野生動物への餌付けは断固反対です。一応、禁止条例があったはずなんですが、あんまり徹底されてないみたい(-_-;)

