リクエストは君

「もうすぐ忍人さんのお誕生日ですね。何か、プレゼントのリクエストってありますか?」
「誕生日に希望するものか…?」
”プレゼント”や”リクエスト”など、千尋達が良く使う言葉については、忍人も多少は馴染んで来て意味が理解出来るようになっていた。
「では、君を…」
「はぃ?」
「君を希望する」
忍人からのリクエストに、千尋の目は点になった。
「……マジっすか?」
「”まじっす”とは、どのような意味だろうか?」
”マジ”なら那岐が良く使うので解るがこれは聞き覚えがないな、似たような意味だろうか、と忍人が首を捻ると、千尋は言い直した。
「マジですか、って言ったつもりだったんですが……ちょっと訛っちゃったと言うか微妙に横着しちゃったと言うか……とにかく、本気で言ってるんですか、忍人さん!?」
「勿論、本気だが……ダメか?」
「いえいえ、ダメじゃないですよ。ええ、ダメな訳ないじゃ……あれ?でも、やっぱりダメ…かな」
断られるとは思っていなかった忍人は、ふと考えてから、その可能性に行き当たった。
「日が悪いか?」
「日は……大丈夫です。問題なんてありませ……いや、問題ある…のかな」
千尋の反応に、微妙な頃合なのだろうかと考えながらも、忍人は少し寂しそうに言う。
「嫌なら、そう言ってくれ」
「嫌じゃありません!嫌な訳ない……って、あれ?でも、やっぱり嫌かも…」
千尋の態度は、どうにも煮え切らない。
「どっちなんだ?」
少し苛つくような、呆れたような様子の忍人に、千尋はどう説明したものかと頭を悩ませた。

やっと口を開いた千尋は、少々噛んで含めるような口調で言う。
「あのですね……私は忍人さんに、誕生日だからこその特別なプレゼントがしたいんです。特別ってことは、忍人さんがまだ持ってない物を渡すとか、普段とは違うことをしてあげるとか、そういうことを意味するんです。それは解ってもらえますよね?」
「…ああ」
情には疎い忍人でも、そのくらいは理解出来た。
「でも、私はとっくに忍人さんのものだし、今年の忍人さんのお誕生日って公休日前日なんですよ。それじゃあ、私がプレゼントです、って言っても普段と全然変わりません」
忍人は、首を傾げる。
「……変わらないか?」
すると、千尋は勢い込んで続ける。
「変わりませんよ!だって、普段から公休日前夜は共寝するじゃないですか。 そりゃ、二人で仕事休んで真昼間から寝所に籠るとか、普段はしないような体勢やら何やらいろいろするとかなら話は別ですけど……そんなの柊やアシュヴィンならともかく、忍人さんには無理でしょう?」
端から「無理でしょう?」と言われると意地になる忍人だが、こればっかりはそうは行かない。どう足掻いても絶対に無理だ。おかげで、そこに「柊やアシュヴィンならともかく」が冠されていても、悔しいとは微塵も思わなかった。
「…という訳で、他に何かリクエストありませんか?」
「他に、と言われても……君以外に欲しいものなど…………平穏な日々…?」
そうして忍人は他に欲しいと思うものがないか、しばらく考え込んだのだった。

「やはり、君をリクエストする」
長い沈黙の後、再び忍人からそう言われて、千尋は面食らった。
「ですから、それは…」
千尋が先程の説明を繰り返そうとすると、忍人はスッと手を挙げてそれを制する。
「普段と違うなら良いのだろう?」
「それは、まぁ、そうですけど…」
問題は、忍人が相手では普段とは違う自分のプレゼントの仕方なんて思いつかないということだ。
すると、忍人の方から一つの提案が為される。
「だから、当日は仕事中も君の傍に居させてくれ。君の執務室の片隅で軍務を行えるようにして欲しい。それならば、普段とは違うし、ずっと君と一緒に居られるのだから、俺は君をプレゼントされていることになると思うのだが…」
「確かに、普段とは違いますから、忍人さんがそんなことで良いならリクエストにお応えしますけど……まるで、私の方がプレゼント貰えるみたいですね。何しろ、忍人さんとずっと一緒に居られるんですから…」
それはそれで嬉しいが、それでは果たして自分は忍人へのプレゼントと言えるのだろうか、と些か不安と不満を覚えかけた千尋に、忍人は少しばかりからかうような口調で言う。
「その代わり、脱走も居眠りも出来ないぞ」
「うぅ……っ…!」
千尋は思わず息を飲む。
「た…確かに、忍人さんが同じ部屋に居たら、脱走も居眠りも無理です~っ!!」
その光景を想像して、千尋は天に向かって叫んだ。
居眠りは気の緩みと度胸さえあれば不可能ではないかも知れないが、脱走は『遁甲』でも使わない限り不可能だ。しかし千尋自身は『遁甲』を使えない。使える二人は入室した時点で警戒されるだろう。自身が『遁甲』を使って忍び込んだとしても、千尋を『遁甲』させるには一度それを解かなくてはならず、結局はその時点で忍人に気付かれてしまう。
「息抜きの散歩は俺が護衛に付くことで可能だが……認めるかどうかは仕事量と君の頑張り次第としておこう」
忍人の都合に合わせて動いてこそ、千尋の方がプレゼントと言えるのである。となれば、千尋が散歩出来るかどうかは、忍人の気持ち一つに懸かって来る。
「……頑張ります。そしたら、お散歩デートに誘ってもらえますよね?」
縋るような目で問う千尋に、忍人は笑って頷いて見せる。それを見て、千尋はホッとした後に少々引っ掛かりを感じた。
「もしかして、忍人さん……私を真面目に働かせるためのリクエストですか?」
千尋が勝手に出歩かず真面目に執務に励むことは、国にとっても忍人にとっても有り難いことだ。その保証だけでもプレゼントに値するだろう。
しかし、忍人の答えは意外なものだった。
「そこまでは考えてなかったな。別の意味で、平穏な一日が過ごせそうだとは思っていたが…」
キョトンとする千尋に、忍人は苦笑しながら告げた。
「君と一緒に居れば、柊も俺に危害を加えることなど出来ないだろう」
その言葉に、千尋はハッとした。
「はい、そんなことは私が許しません。柊がほんのちょこっとちょっかい出したり軽口叩くくらいは許容しますけど、お誕生日にまでいつもみたいな悪戯したらタダじゃ置きませんよ。風早に至っては、論外です」
直接忍人に危害を加えなくても、柊がいつもの調子で騒ぎを起こして忍人が駆け付ける羽目にでもなったら、自分と二人きりで居られる時間がその分減るのだ。風早が小姑根性を出して忍人の機嫌を損ねるようなことがあっても、せっかくの誕生日が台無しである。そんなことを許してなるものか、と千尋は拳を握りしめた。
力説する千尋に、忍人は当日が心底楽しみになる。
「今度の誕生日は、きっと特別な一日になるだろうな」
「そうですね。それに、私はちゃんと忍人さんへのプレゼントになれそうです」

そして、忍人の誕生日当日。
忍人は執務室の片隅にある文机の一つを借りて軍務に勤しみ、千尋は監視されているかのような重圧よりもその支援効果の方が勝ったように頑張って仕事を片付けていった。
予め釘を刺された厄介な兄弟子達はというと、風早はお誕生日パーティーの飾りつけや調理に孤軍奮闘し、柊は執務室へ持ち込まれる仕事とその頻度を減らすべく橿原宮中を東奔西走した。勿論、忍人の手を煩わせるような――千尋の怒りを進んで買うような――真似はしなかった。
その甲斐あってか、千尋は思っていた以上に忍人とのんびり散歩が出来た。平穏な空気の中で忍人の心にもゆとりが生まれ、散歩中の千尋の他愛ないお喋りにも午後のお茶にも気持ちよく付き合ってくれる。
おかげで千尋は、やっぱり私の方がプレゼント貰っちゃったかな、などと思いつつも、忍人さんも喜んでくれているし確かに普段とは違っているのだからいいか、と開き直って至福の一日を過ごしたのだった。

-了-

《あとがき》

忍人さん、お誕生日おめでとうございます

2013年忍誕小話です。まぁ、あちらの時代は遥か昔ですが…(^_^;)q
今年の忍人さんの誕生日は土曜日(これを書いてる現在、うちは基本的に毎週土曜日更新)なのだとお誕生日の数日前に気付いて、慌てて誕生日ネタを書きました。
どうにか間に合って、一安心(*^_^ ;)

「リクエストありませんか?」に対して「では、君を…」って、ネタとしてはありふれてるかも知れませんが、うちの忍人さんは千尋の動揺とは裏腹に終始真顔です。
最初は深い意味などなく、何かリクエストしなくてはならないなら「君を…」と言ってみたところ、千尋の反応でいろいろと意味に思い当たった忍人さん。でも、その後も、千尋が変な答えばかりするので照れるどころか反って頭が冷えてます。なので、余裕綽々(^_^;)

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