狼三兄弟
「姫様、空のお散歩ですか?」
      「はい、行ってきます、三狼(さぶろう)さん」
    「サザキ、ちゃんと姫様をお守りするのだぞ」
    「大丈夫ですよ、次狼(じろう)さん。だって、カリガネも一緒だもん」
    「二人共、姫様に危険が及ばぬよう、注意を怠るな」
    「もうっ、太狼(たろう)さんったら心配性ですね。そういうトコ、忍人さんと良く似てます」
    千尋を空の散歩に連れ出そうとしていたサザキは、居合わせた狗奴達から声を掛けられて面食らい、更にはそれらに受け答えする千尋の言葉に驚いた。
「なぁ、姫さん…」
      上空で、サザキは重たげに口を開いた。
      「なぁに?」
      明るさが売りとも言えるサザキからそんな口調で話しかけられて、千尋は目を丸くしてサザキの顔をマジマジと見遣った。
      すると、サザキは言い難そうに問う。
      「姫さんってさぁ、その……狗奴の奴等の見分け、つく訳?」
    「えっ?……ああ、うん、全員じゃないけどね。忍人さんの側近中の側近の4人だけなら見分けつくよ」
    そう言うと、千尋は解説するような口調で彼らを紹介し始めた。
「さっき最初に声をかけて来た、ちょっと丸っこい狗奴さんは、三狼さん」
      彼は、穏やかで明るい性格の力自慢だ。千尋が気落ちしていると、優しく慰めたり場を和ませたりしてくれる。
      「次に、厳しい目つきで声かけて来た、ちょっと細身の狗奴さんは、次狼さん」
      彼は生真面目な性格で、足往同様に足が速い。その足を生かして重要な伝令を託されたり、敵を攪乱する役目を果たすことが多い。
      「で、最後に忍人さんみたいな物言いをした狗奴さんが、太狼さん」
      彼は常に広い視野で物事を見ている親分肌で、忍人の右腕だ。忍人が連れている狗奴達を束ねている頭でもある。
      「あとね、さっきは居なかったけど、皆よりも白っぽい毛をしてて、次狼さんよりも細身の狗奴さんが居て、灰矢(かいや)さんって言うの」
    彼はその名の通り、放たれた矢のように陰から飛び出して敵に斬り付ける戦法が得意だ。こちらは忍人の左腕である。
「なぁなぁ、でもさぁ、さっきの奴等って皆似たような名前だけど……何か関係あるのか?」
  「私も最初は兄弟なのかなって思ったんだけど……本当の兄弟じゃなくて、義兄弟なんだって。凄く気の合う三人なんで、兄弟の契りを結んだとか言ってたよ。その時に、それぞれ”太助”と”次郎”と”三太”から改名して、以来、狼三兄弟(ろうさんきょうだい)って名乗ってるんだって」
義兄弟とか兄弟の契りというのがサザキには理解出来なかった。
「何て言ったらいいのかなぁ……そう、血縁上は兄弟じゃないんだけど、お互いに本当の兄弟みたいに振舞う仲って感じ、解る?」
「ああ、オレとカリガネみたいなもんか。オレが兄貴で、カリガネが…」
「…………お前が弟だ」
兄の座を譲らぬ二人に、千尋は笑いながら言う。
「ちょっと違うと思うよ。カリガネはサザキの親友でしょう?敢えて家族に例えるなら、兄弟じゃなくて親子、カリガネがお母さんでサザキが悪ガキって感じじゃないかな」
千尋のその言葉に、二人とも鼻先を指で弾かれたような顔をした。
「そうじゃなくて、弟分が兄貴分を慕うような……あっ、でも、ならず者みたいじゃなくて……とにかく、普段から次狼さん達は太狼さんのことを兄者(あにじゃ)とか太狼兄(たろにい)とか呼んでるし、三人共本当の兄弟みたいに信頼し合ってるの」
      「へぇ~、良く知ってんな。姫さんって、やっぱ凄いぜ」
      感心したように零すサザキに、千尋は照れ笑いする。
      「そんなことないよ。他の狗奴さん達は見分けつかないし……忍人さんと一緒に居ると、自然に狗奴さん達とも接する機会が多くなって……中でもあの人達とはよく話したりもしてたから……それで見分けがつくようになったり、いろいろ聞いてただけだもん。狗奴さん達からしたら、皆こんなに全然違うじゃないかって思うのかも知れないけど、種族が違うと見分けるの難しいよね」
      「……だよな」
      サザキはちょっとホッとしたようだった。
      「実はさ、姫さん達のことも、なかなか区別つかないんだよな。姫さんの近くに居る奴らは判るんだけどさ」
      サザキは、風早とか那岐とか、遠夜とか忍人とか、布都彦とか柊とか、道臣とかバァさんとか、足往とか夕霧とか、と名前を次々と挙げていった。
      「でも他の奴らは誰が誰やら全然…」
      「そういうもんじゃないかな。だって、サザキ達の前でこんなこと言うのもどうかとは思うけど……日向の人達だって、サザキとカリガネ以外、私はちょっと区別つかないんだよね」
      「えぇ~っ、そうなのか!?う~ん、あいつら努力が足りねぇぞ。もっと姫さんにしっかり自分を売り込まなきゃダメだろう」
      「…………お前は自己主張し過ぎだ」
      カリガネがボソッと呟くのを聞いて、千尋はそれはそれは楽しそうに笑い声を上げたのだった。
-了-
《あとがき》
名無しの権兵衛達の見分けはつかないという話にかこつけた、オリキャラ紹介話です。
  各々の特徴も名前も、設定は全て、完全に趣味のみに因るものです(*^_^ ;)
忍人さんは登場しませんが、一応は忍千ベースです。
  狗奴さん達は、元々千尋のことが気に入っている上に忍人さまの大切な人なので、サザキにいろいろと釘を刺しています。
  そして、千尋も忍人さんと一緒に居ることが多いために、自然と狗奴さん達とかなり親しくなっています。

