親和

エイカを退け、玄武を解放して、これで四神が揃ったと皆が大喜びしている中、遠夜は忍人に駆け寄った。
「どうした、遠夜?」
何か言いたげにジッと見つめて来る遠夜に忍人が首を傾げると、遠夜はギュッと抱きついた。
「ぅわっ、何だ、いきなり!?」
突然のことに驚いた忍人だったが、遠夜の表情から推察して問うてみる。
「もしかして……喜んでいるのか?」
すると、遠夜は少し力を緩めてコクンと頷いて見せると、再びギュっとした。
「嬉しい……忍人がオレを…仲間だと言ってくれた」
「えっ、遠夜が喜んでるのは、そこなの!?忍人さんが仲間だと認めてくれたのが、そんなに嬉しかったの?」
「……そうなのか?」
千尋の言葉に、忍人は改めて驚いた。まさか、遠夜が先程のエイカに対する自分の言葉を喜んでいるのだとは思わなかったのだ。
しかし、そう言うことならと、忍人は何とか自由になる肘から先を伸ばして、遠夜の背へと回すと優しくポムポムして、努めて柔らかい声音で言った。
「解ったから…もう放してくれないか?」
感極まってとか言葉が通じないからとかであっても、人外で何処か小動物のようではあっても、いつまでも男に抱き締められていて嬉しいものではない。幸い嫌悪感は湧いて来なかったが、少々気恥ずかしくは感じる。
抱きつく力が少し緩んだところで片腕を引き抜き、宥めるようによしよしと頭を撫でると、遠夜はやっと抱擁を解いてくれた。

玄武解放以来、遠夜は忍人の傍に居ることが多くなった。勿論、今まで同様、千尋の傍に居ることの方が多いが、そうでない時は大抵忍人と行動を共にしている。
兵達に訓練をつけ終えて天鳥船に戻って来る忍人の傍には、やはり遠夜の姿がある。
「忍人さ~ん、遠夜~、おかえりなさ~い」
風早達と共に出迎えて、千尋は楽し気に忍人に言う。
「最近、忍人さんって、遠夜と一緒に居ること多いですよね」
「俺が遠夜と一緒に居ると言うより、遠夜の方が寄って来るんだ」
「オレが一緒にいると…迷惑?」
不安そうに俯き加減に遠夜が忍人の方を見ると、千尋が何か言うよりも早くその視線に気づいた忍人が応えた。
「だからと言って、君を疎ましく思ってなどいない」
「忍人さん…遠夜の言葉が解るようになったんですか?」
「いや、話の流れと表情とこれまでの傾向で見当をつけただけだが……君の反応からすると、どうやら俺は、的外れなことを言ったのではなさそうだな」
千尋から肯定の返事を貰って再び忍人が遠夜の方へと視線を流すと、遠夜が斜め後ろから嬉しそうに身を寄せた。
「どうやら忍人は、遠夜にすっかり懐かれてしまったようですね」
「こら、重いぞ」
その様子を風早は微笑ましそうに見つめて言った。忍人も、文句を言いながらも、自分の頭に圧し掛かっている遠夜の頭を幼気な子犬でも扱うような手つきでそっと撫でていた。
「あんたら……揃いも揃って、遠夜のことは小動物扱いかよ」
呆れたように言う那岐の横で、千尋が羨ましそうに呟く。
「いいなぁ、遠夜…」
「千尋だって、いつもやってるじゃん」
千尋が忍人に飛び付いて、抱き止めてもらって首にしがみつくのは珍しい光景ではなかった。
「しがみ付くんじゃなくて、もっとこう……遠夜みたいに、ギュってしたいの」
すると、忍人が組み戻していた腕を広げて見せた。
「ならば、君もするか?」
そんなことを言って貰えるとは思ってもみなかった千尋は、頬を染めるだけで足が動かなかった。
「このような機会は滅多にございませんので、我が君が逡巡されるのでしたら私が…」
「ぅわっ、ダメダメ、そんなの…」
千尋は慌てて忍人の胸に飛び込んだ。ここで躊躇っていては、本当に柊に先を越されてしまうかも知れないし、それ以前に嫌がる忍人が柊の暴挙を阻止するためにも再び腕を組んでしまう。
おずおずと忍人の背に腕を回して千尋がギュッとすると、忍人も躊躇いながらも千尋の背に腕を回した。

忍人が千尋の耳元に囁いた。
「そろそろ良いか?」
「まだ、もうしばらくこのままで居てください」
最初は遠慮がちだった千尋も、今はもうそんな影は微塵もない。柊も言ったけど、滅多にない機会なんだから満喫しなくっちゃ、との思いでいっぱいだった。
それを見ていた遠夜が、再び忍人に身を寄せた。
「神子…嬉しそう…。オレも…」
「では、やはり私も…」
終いには柊まで寄って来て、立膝をして背後から腰に手を回す。
「柊、貴様…っ!!」
「忍人さん、離しちゃ嫌です」
忍人は身を捻って柊の頭に肘鉄を喰らわせようとしたが、千尋から甘えるように言われて踏み止まった。

それからどれくらいの時が経っただろう。千尋や柊にとっては短かっただろうが、忍人や那岐には長い時間が経過した。
「なぁなぁ、忍人さま達、何やってんだ?」
訓練帰りの兵達の集団の中から足往が駆けて来て、風早と那岐に興味津々で訊いて来た。
「何って言われても…」
「忍人がチヤホヤされている、とでも言ったところでしょうか」
那岐が言葉に詰まり、風早が適当なことを言うと、足往は納得したように満面の笑みを浮かべて言った。
「そっか。忍人さまは、やっぱりモテモテなんだな」

-了-

《あとがき》

遠夜に懐かれる忍人さんと書こうとしたら、他の人にも懐かれてしまいました。
最初は、那岐がツッコミ入れたところで終わりにしていたのですが、その先も書きたくなって、こんなことに……。

玄武解放の折、千尋よりも早く遠夜を擁護する忍人さんに、遠夜はもう遠慮なく近寄ります。
それこそ、今までは気にかけつつも遠慮していた反動と言葉が通じないが故に、全身で親愛の情を表現しております。
それを見て、千尋がちょっと妬いたりして……(^_^;)

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