お絵かき動物園
「よし、次!もっと機敏に動け」
    久々に葛城将軍直々の指導とあって兵達は気合も入っていたが、それでも挫けそうになるほど訓練は厳しかった。そんな中に、明るい声が響き渡る。
    「忍人さ~ん、これ見てください」
    楽しそうな笑顔を浮かべて駆けて来た女王陛下を見て、兵達は何ともホッコリした気持ちになり、忍人は苦虫を潰したような顔をした。
    「陛下、職務中は…」
    「ほら、これです」
    聞きなれた忍人の言葉を皆まで聞かずに、千尋はその目の前に画布を突き付けた。そこには数々の動物の絵が描かれていた。
    「君は……執務を怠けてこんな落書きをした挙句に、わざわざそれを俺に見せに来たのか?」
    呆れたように零す忍人に、千尋は少し膨れっ面になる。
    「それに、また一人か」
    「一人じゃありません。ちゃんと風早が……あれ?おかしいな、居なくなってる」
    振り返った千尋の目にも、辺りを見回した忍人の目にも、風早の姿は映らなかった。
    「あれ、おかしいな、ではないだろう。最近はやっと自重するようになったと思っていたのに…」
    「そんなことより、これですよ、これ。私じゃなくて、千早が描いたんです。落書きなんて言っちゃいけません。ねっ、ねっ、良く描けてると思いませんか?」
    説教など何処吹く風で千尋が再び目の前に突き付けた画布を、忍人は改めて見直す。
    「確かに、千早が描いたにしては良く描けているな」
    「でしょう、でしょう?」
    千尋は我がことのように嬉しそうだった。
忍人が、子供の落書きと言うには少しばかり出来が良い、と思ったのは親の欲目だけではないはずだ。
      「この中央の狼など、なかなかうまく描けていると思う。丁寧に塗られていて、毛並も綺麗に揃っているし……どうした?」
      忍人は、千尋があんぐりと口を開けて自分を見つめていることに気付いた。
      「今、何て言いました?」
      「丁寧に塗られていて、毛並も綺麗に揃っている、と…」
      「その前です。狼って言いました?」
      「ああ、確かに言ったが……これは、狼ではないのか?では、山犬か?それとも、熊とか…」
      「狼で正解ですよ」
      焦ったように他の可能性を模索し始めた忍人に、風早の声が掛かった。風早は抱っこしていた千早を降ろすと、手を繋ぎ直して続ける。
      「でも、よく一目で狼って解りましたね。千尋は犬と言ってしまって、千早がお冠だったってのに…」
      「母様の莫迦、って言われちゃいました」
      でも子供の絵じゃなくても私には犬と狼の区別なんてつかないと思うわ、と千尋は心の中で言い訳していた。
      一方で、千尋の言葉に忍人は敏感に反応した。
      「千早、お前……母様に”莫迦”と言うとは何事だ。俺はお前をそんな風に育てた覚えはないぞ」
      そう叱りつける忍人に、風早が平然と応えた。
      「覚えなどなくて当然です。千早を育てたのは、忍人じゃなくて俺ですからね」
    「お前が育てたと主張するなら、千尋に莫迦と言うのを許すんじゃない!」
    やっぱり風早に子守を任せたのは間違いだった、と忍人は深く悔い入らずには居られなかった。
「それでですね、その絵なんですけど……忍人は擬人化って知ってますよね?その絵はその逆で、千早が周りの人達を動物に例えて描いたものなんです」
      忍人の抗議をサラリと受け流して、風早は絵の解説を始めた。
      「で、その狼は父様だそうですよ。良かったですね、真ん中に大きく丁寧に描いてもらえて……あなたが思ってるよりも千早はあなたのことを好きみたいです」
      「……そうか」
      部下達の前で笑み崩れる訳にはいかないと自制しながらも、忍人は嬉しさを隠しきれなかった。
      「その頭の上のリスが千尋で、脇に寄り添っているウサギが遠夜です」
      「それから、左上の白馬が風早で、その背中で跳ねてる子猫が千早だそうです」
      「あのね、こっちの白ネコは、大きいのが那岐で小さいのが千那なの。なかよくおひるねしてるの」
      風早、千尋、千早から順に解説されて、忍人はそれぞれの動物を見て感心した。
      「成程……特徴はよく捉えられているようだな。では、この右上で怪しく笑っている、片目を塗りつぶしてある犬は、柊か?」
      「うん。で、それにほえてるこっちの小さな狼が兄さま」
    確かに、小さな犬のようなものが、中央の狼と怪しい犬との間に描かれており、怪しい犬に向って牙をむいていた。
「それにしても、これ、本当に良く描けてますよね」
      夜になって、改めて千尋は千早の描いた絵を忍人と二人でマジマジと見つめて、感慨深そうに言う。
      「ほら、この右下の優しそうな大型犬とお目目パッチリの虎猫、これって道臣さんと布都彦だって風早が言ってましたけど……その後ろ、気付きました?」
      「後ろ?茂みではないのか?」
      千尋の指差したところを見て、忍人が応えると、千尋は首を振る。
      「違いますよ、よく見てください。千早達は特に何も言いませんでしたけど……猪じゃないですか、これ?」
      「猪!?」
      確かによく見てみると、パッと見には茂みに見えていたものが猪の身体に見えてきた。小さいが、上がギザギザして下が丸くなっている。そのつもりで見ると、そこから下に引かれた細い線も四足に見えて来た。
    更に良く見ると、尻尾と思しき辺りに丸が繋ぎ合わされたような物体が付いているようだった。
      「これは、もしや……狸のつもりだろうか?」
      「忍人さんも、やっぱりそう思います?」
      猪と狸。自分達の周りにいる、そのような動物に例えられそうな人と言うと、心当たりはあの二人しか居ない。
      思い当たる人物とその描かれ方に、二人は感心したように、しかし少しばかり困ったように深く息をついた。
      「細かいところまで、よく描けているな」
      「それぞれの動物や構図についても……千早ってば、本当によく見てますよね」
    
-了-
《あとがき》
千早ちゃんが周りの人達を動物に投影してお絵かきしたお話です。
真ん中に大きく両親を描いて、それを取り巻く人達を書き足していきました。
忍人狼の頭の上に乗っている千尋リス。千尋リスが乗ってるのが背中じゃなくて頭ってところが、忍人さんが半端なく尻に敷かれている力関係を表しています(*^_^ ;)
基本的に動物達は左向きに描かれています。右を向いてるのは風早馬と忍継小狼と師君猪だけ。
なので、柊犬は背後斜め上からから忍人狼を狙い、間に入った忍継小狼が必死に威嚇しております(^_^;)
そして道臣犬&布都にゃんの後ろで明後日の方向にドドドッと駆けて行く師君猪と、反対を向きながらもその尻尾にくっ付いてつるんでいる狭井タヌ君。
  千早ちゃんが大きくなっても、あの二人ならまだ元気バリバリに生きていることでしょう。

