禁じられた遊び

「えぇ~っ、皆で『缶蹴り』?いいなぁ、私もやりたかった」
「はいはい、平和になったら千尋も一緒に出来ると良いですね」
そんなことはすっかり忘れていたが、ある日ふと千尋は思い出した。風早の言う通り、平和になったことだし、近々サザキ達が来るとの知らせもあったので、その時にでも皆で出来ないかと思った千尋は、お茶の席で誘いをかけたが、寄って集って反対された。
「何を言ってるんだ、君は!?そんなことが許される訳ないだろう」
「そうですよ、千尋。ここであんなことしたら、何事かと騒ぎになりますよ」
「我が君…どうか、それは御考え直し下さい」
忍人に反対されるのは予想の範疇だったが、風早と柊にまで反対されては千尋もそれ以上何も言えなかった。

『缶蹴り』がダメなら他の遊びはどうだろう、と思い直した千尋は、次の機会に、またお茶の席で誘いをかけた。
しかし、それもまた次々と却下される。
「遊ぶのがいけないと言っている訳ではない。ただ俺は、君が単独で行動するような危険な状況になることを懸念しているんだ」
忍人の懸念は千尋も理解出来ないこともない。しかし、一度思い立ったことをそう簡単に諦めたりは出来ないのだ。
「単独行動がダメなら……『花いちもんめ』とか…」
「ダメです!」
言い終わらない内に風早から反対され、少し遅れて忍人と柊からも猛反対された。
「冗談じゃない!」
「忍人と我が君には絶対にさせませんからね!」
その勢いたるや、これまでの比ではない。
「そんなに言わなくてもいいじゃない。…って、あれ?忍人さん、『花いちもんめ』知ってるんですか?」
「昔、君達姉妹が訪れた際に無理矢理付き合わされたことがある。あの頃ならともかく、今は絶対にやりたくないし……出来ない。君がやるところも見聞きしたくない」
何やら思い出すのも嫌だと言わんばかりの忍人の様子に、千尋は首を傾げる。その頃の記憶は殆どないが、もしかして忍人はその時に物凄く嫌な経験でもしたのだろうか、と更に詳しく聞いて良いものか迷った。しかし、「あの頃ならともかく、今は…」と言うのだから、違う理由なのだろうと思って、追及してみる。
「やりたくないだけじゃなくて…出来ないんですか?」
「そうだ、出来ない。今やったら、相手は命が幾つあっても足りないぞ」
忍人の答えを聞いて、千尋はますます困惑した。どうしてそんな物騒なことになるのか、訳が解らない。
すると、風早が追い打ちをかける。
「俺も、一ノ姫がいらした頃ならともかく、今は千尋がやってるのを見聞きしたくありません。場合によっては、相手を千里の彼方まで蹴り飛ばす自信があります」
「風早まで……一体、『花いちもんめ』の何がそんなに悪いの?」
千尋が憤慨したように言うと、柊が溜息混じりに答える。
「悪いでしょう、あの指名の仕方は……誰某が欲しい、だなんて…」
柊の答えに、千尋はまだ納得がいかない。それの何処がいけないのか、と首を捻るばかりだ。

どうやら遠回しに言っても千尋は気付いてくれそうにないと察して、ついに柊は忍人から距離を取りながら千尋に告げた。
「忍人を指名するなら、こう言わなくてはいけませんよね。……忍人が欲しい」
柊がそれを口にするなり、忍人が刀を抜いて柊に斬りかかった。しかし、予め距離を取っておいたので、結界を張るのが間に合ったし、忍人もすぐに我に返って刀を収めた。
「えぇっと、今のは一体…?」
「条件反射です。大抵は殴り飛ばすか投げ飛ばすか蹴り飛ばすんですが…相手次第ではこうして斬りかかります。ですから、今の忍人にこの遊びは出来ないのですよ」
「決まり文句だと理解はしていても、言われれば嫌悪感が先に立つ」
それでやっと、千尋は忍人が猛反対したことに納得がいった。しかし、まだ風早の言い分には納得がいかない。そんな千尋の戸惑いを察して、柊は忍人を促す。
「風早については、あなたが説明して差し上げて下さい。その方がまだ穏便に済むと思いますから…」
「言わねば、千尋が納得しない…か」
仕方なさそうに忍人が言う。柊の言うなりになるのは癪だが、確かにまだ自分の方が穏便に済ませて貰えそうだ。
「俺も我慢ならないと思うが……他の男の口から発せられたら、まず風早は正気ではいられないだろう。千尋が欲しい、などと…」
忍人が言うなり、今度は風早が忍人に向って突進する。
千尋の目には一陣の風が吹いたように見えたが、その実、身を屈めた忍人の頭上を風早の足が通過していた。
「咄嗟に膝を曲げ、しかも振り抜かずに宙で止まりましたか。随分と自制が利くようになったようですね」
柊は感心して見せたものの、止まったとは言え決して寸止めなどではなかった。忍人は詰めていた息をゆっくり吐いてから千尋に向き直って告げる。
「見たか?君の伴侶たる俺が言ってもこうなるんだぞ。柊やサザキが言ったらどうなるか……恐らく、君が他の男を指名した場合も同様だ。千里の彼方まで蹴り飛ばすというのは決して脅しなどではないと、君もこれで解っただろう」
「……よ~く解りました」
危険性は理解出来たものの、童遊びが参加者次第でこうも物騒なものになることに、千尋は眩暈すら覚えたのだった。

-了-

《あとがき》

忍人さんと千尋は断固参加禁止の遊び…それが『花いちもんめ』です(^_^;)
忍人さんの場合は、指名されると本人が暴れ出します。
千尋の場合は、指名してもされても配偶者と保護者と下僕が暴走するので、他の参加者の命に係わります。

昔は平気だったのは、作中で風早が言ってるように、一ノ姫が一緒だったからです。
元々、「誰からも必要とされない」と嘆く千尋を一ノ姫と風早が取り合う遊びだったので…。
他の人達も、指名の仕方で問題が起きることは解ってるので、そこはちゃんと計画を練ってます。心のままに指名する相手を決めようとするのは千尋だけです。
初回は一ノ姫が千尋を指名、千尋は姉様が好きなので一ノ姫を指名。千尋が負けたら次は風早が千尋を必死に取り戻そうとし、千尋は風早を自分のいる方へ引っ張って来ようとする、という流れになります。初回で一ノ姫が負けた場合は、次は千尋の希望で一ノ姫が羽張彦を指名し、向こうは羽張彦が一ノ姫を取り戻そうとするので、ここでも暴走は起きません。

indexへ戻る