秘密

「忍人さんの秘密…?」
決裁を求める書類の中に混ざったそれを握り締めて、千尋は忍人の元へと向かった。

「忍人さんの秘密って何ですか!?」
駆け込んで来るなり、諫言を為す暇も与えず、開口一番千尋にそう言い放たれて、忍人は面食らった。
「何だ、藪から棒に…?」
「執務室に届いた竹簡の中に、これが混じってたんです」
忍人が差し出された竹簡を見てみると、そこには「葛城将軍の秘密を知りたければ指定の日時に指定の場所へ一人で来られたし」と書かれていた。指定された時間は遅く、場所は辺鄙で、若い女性でなくてもそんなところに一人で行くのは危険が伴う。
「俺の秘密…か」
大方、こんなもので女王を呼び出して不埒な真似を仕掛けるかあるいは身柄や命を狙っているのだろう、と忍人は思った。あまりにも莫迦気ているが、普段の行動を考えると千尋ならこんな手にも引っ掛かるだろうと思わせるところがある。そのくらい、猪突猛進で突拍子もないことを平気でやるのが千尋だ。
もっとも、即座に忍人の元へ問い質しに行くなどとは想像もしなかっただろう。
「忍人さん、私に隠し事してるなら洗いざらい白状してください」
「隠し事と言うか…君に知られずに居たいことなら山程あるが……どれも言いたくない」
白状しろと言われてあっさり話せるくらいなら、何の問題にもならない。知られたくないのだから、当然言いたくもない。
「山程って……もしかしなくても、大半は柊絡みですね?」
「……解っているなら訊かないでくれ」
忍人は面白くないと言った顔でそっぽを向いた。訊かれたことで、改めてその時のことを思い出してしまったのだ。
「あとは……過去の女性遍歴とか?」
「そんなものはない。それは君が一番よく解ってるはずだぞ」
言われて、千尋は簡単に納得してしまった。確かに、忍人に遍歴と言えるほど女性と付き合った経験があったなら、自分に対する態度はもっと違うものになっていただろう。
更には、忍人は悪い兄弟子達と軍で飛び交う卑猥な話題で、千尋は向こうの世界で巷に溢れていた出版物や映像で、お互いやたらと耳年増になっていたものの実践は初めてだったあの夜、本能に流されるまでそれはもう揃いも揃ってぎこちなかった。それを思い出せば、千尋はもう否応なしに納得出来てしまうのだった。

揃ってしばらく赤面した後、千尋は本題を思い出した。
「これ、気になりますね」
「まさか、行くとは言わないだろうな?」
「そんなこと言いませんよ。この日時って忍人さんとの貴重な一時なのに……こんな輩の為に使うなんて勿体無いですもん」
何しろ、執務に影響が出ないようにと日頃は手出しを控える忍人が、唯一公休日前夜だけは話だろうとそれ以外だろうと千尋が満足するまでとことん付き合ってくれるのだ。僅かな時間も惜しまれる。
「何か、腹立って来た。こんな真似する輩は、二度とお天道様を拝めないようにしてやりたいです」
最初とは違う方向へ意欲を燃やし始めた千尋を見て、忍人は秘密の追及が止んだことを安堵すると共にその方向性に頭痛を覚えた。
「具体的には、どうするつもりなんだ?」
「う~ん、どうしたら良いでしょう?」
勢いで拳を振り上げたは良いが、振り下ろす先を考えていなかった千尋に、呆れ顔で忍人は言う。
「ならば、柊に対処を命じればいい。犯人を見つけ出して徹底的に叩き潰せ、と…。この内容に加えて君の命令があれば、奴は嬉々として働くぞ」
柊は独占欲が強い。物には執着しないが、千尋と忍人にはこの上ない執着を見せる。千尋の敵は自分の敵、忍人で遊んで良いのは自分だけ。千尋に褒めて欲しくて、些細なことでも良いから望みを叶えたくて仕方がない。だから、千尋から頼りにされると嬉しくて堪らない。命令なんぞされようものなら狂喜乱舞することだろう。
「成程…それが柊の正しい使い方って訳ですね」
「その通りだ」

忍人の言った通り、柊は千尋からの命令に嬉々として働いた。
迅速かつ正確に、実行犯を見つけ出したのみならず、共犯者や教唆した者をも次々と見つけ出して、再起不能にしていった。千尋が望んだように、その誰もが二度とお天道様を拝めはしない。
柊による徹底的な報復は、今後また似たようなことを企む者などは出ないだろうと思わせるような、類似犯に対する警告をも与える形で終結した。
その手際の良さと、決して自分は表舞台に立たずに多くの者を意のままに操って事を成し遂げた見事さを千尋から賞賛されて、柊は大喜びした。更には、忍人からも「良くやったな」と褒められて、少しだけだが遊ぶことを黙認してもらえて御満悦だ。
「ところで、柊…犯人が言うところの忍人さんの秘密って何だったの?」
「ただの出任せですよ。我が君を誘い出せそうなことなら、何でも良かったようです」
女王を呼び出す口実にそんなものを使った所為で、より一層柊のやる気を煽ってしまったとも知らずに、犯人一味は社会から見事に抹殺された。
「そもそも、我が君が忍人の秘密をお知りになりたければ、こんな輩に会う必要などないということに全く気づいていなかったのですから、莫迦としか言いようがありません」
「そうだな。実際、千尋は直接俺に問い質しに来たし……お前に命じれば、あることないこと山程暴露してくれるんだろう?」
嫌そうな顔で言う忍人に、柊は楽しそうに笑って見せた。そして千尋は、絶対に命じるまいと心に誓ったのだった。

-了-

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