口は災いの元

橿原宮の裏庭に、久方ぶりにサザキとカリガネが舞い降りた。
「よぉ、久しぶりだな、姫さん」
「うん、そうだね。3年ぶりくらい?」
「もう、そんなになるか。今回は随分遠くの海まで回って来たからな」
大陸貿易に精を出して、かなり勢力を拡大して来たサザキ達は、それだけご無沙汰になっていた。羽根のおかげで海岸からここまでは一直線とは言え、一度海に出ればなかなか顔を出せはしない。世界の何処だろうと気が向けばすぐに行けるのは麒麟だけの得意技である。
そして前回サザキ達が訪れた時は、千尋は臨月だった。
「おっ、そこのチビ姫があん時姫さんの腹ん中に居た子供か?髪が黒い以外は、姫さんそっくりだな」
「馴れ馴れしいぞ、貴様」
忍継がサザキの物言いを咎めるが、全く意に介されない。
一方、小さな姫と手を繋いだ風早は、嬉しそうに、そして自慢げに彼女を紹介する。
「可愛いでしょう。”千早”って言うんですよ」
「千早?へぇ、何だか、姫さんと風早の子供みたいだな」
笑いながらサザキがそう言った途端、千尋が血相を変え、忍継と那岐と柊が呆れた顔で目を逸らす。
次の瞬間、サザキの首と羽根の付け根に刃が押し当てられていた。
「首と羽根、どちらを先に切り落として欲しい?」
背後から低く硬い声で忍人に問われ、サザキは冷や汗を流した。
それを見ながら、那岐と風早が呟く。
「莫迦だね。葛城将軍の前でそれ言って無事なの、アシュヴィンくらいだよ」
「…代わりに湯呑が粉々になりましたけどね」

世継ぎの姫の誕生を祝いに来て、改めて私室で一ノ姫と対面した折、風早から今と同様の紹介を受けてアシュヴィンは楽しそうに笑いながら言った。
「何だ。それでは、この姫は夫君ではなく風早の子供か?」
からかっているのだと解っていても、忍人は心中穏やかではいられない。しかし常世の皇に斬りかかる訳にもいかず、部屋の中で面白くなさそうに茶を啜っていた忍人が必死に我慢した結果、その手の中で湯呑が砕け散ったのだった。

「あの時はまだマシでしたよ」
柊は、ここぞとばかりに忍人の神経を逆撫でする。
「風早に名前のことで押し切られた上に、いつも寄り添って甘やかし放題の風早に対して忙しくてなかなか構ってやれず口を開けば説教ばかりで、何かにつけて”父しゃま嫌~”と言われては石のように固まり、いつか部屋の隅で膝を抱えて床に”の”の字を書くのではないかと心配になるくらい落ち込む今の忍人の前でそれを言っては、命がいくつあっても足りないことでしょう」
途端に、サザキの背後でギリッと音がしたかと思うと、首に押し当てられた刃が僅かに滑る。
「わわっ、切れてる。今の、絶対、ちょこっと切れてる!」
首にチリッと痛みを感じて、サザキが喚いた。
「お、忍人さん、大丈夫ですよ。私は大好きですから…。千早だって、もう少し大きくなれば、忍人さんの良さが解ります!」
千尋が慌ててフォローに走るが、柊が茶々を入れる。
「おや、忍人の良さとはどのようなものでしょうか?」
「えぇっと……ツンデレ?」
また、刃が僅かに滑った。
「それから……いつもは無愛想なのに、時々物凄く可愛いとか…」
「確かに、忍人はとっても可愛いところがありますね。ですから私も、ついつい苛めてしまうのです」
ギリギリっと音がして、更に刃が滑りサザキは慌てふためく。
「わわわっ、姫さんも柊も余計なこと言わないでくれ~っ!!」
「そうだ、無礼だぞ、柊。口を慎め!」
忍継が柊だけを責める。その態度と口調に、柊と風早は面白そうに応じる。
「本当に一ノ宮は年々忍人に似て参りますね」
「ええ、昔は千尋に似て無邪気に俺に甘えて来たのに、最近ではすっかり邪険にしてくれて……おしめを換えてあげていたあの頃が懐かしいですよ」
これには、忍継が顔を真っ赤にする。
「祖父様も余計なことは言わなくて下さい!」
サザキとカリガネの目が点になった。
「じいさま…って、もしかして、風早のことか?」
「…そのようだ」
今度は風早が慌てる番だ。
「お、忍継!祖父様はやめて下さいって言ってるでしょう!」
「母上の親代わりなら祖父様だろう」
「千早に対する態度は、正にそうだしね」
千尋の時と違って、碌に躾もせずに甘やかし放題の様子は那岐から見てもジジババの様相だった。
そして、息子のおかげでやや溜飲の下がった忍人が刀を収める。
「はぁ~、助かった~」
「……これに懲りたら、軽口は慎め」
ホッと胸を撫で下ろすサザキの耳に、カリガネの声が冷たく突き刺さった。

-了-

《あとがき》

子供ネタ第2弾。子供たちは、前作よりもちょっとだけ成長してます。
風早にすっかり娘を取られてしまっている忍人さんは、そのことではかなりナーバスになっています。
それがまた、千尋や柊から可愛いと言われてしまう要因に…(^_^;)

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