特別な態度

風早達と茶飲み話に興じながら忍人が時々訝しむように自分を見つめていることに気づいた千尋は、ある日思い切って話を切り出した。
「もしかして、私に何か訊きたいことでもあるんですか?」
すると、観念したように忍人は予てからの疑問を口にした。
「どうして君は、俺と他の者達でそんなに言葉遣いが変わるんだろうな?」
「えっ?」
思わぬ問いに、千尋は戸惑う。
「君はアシュヴィン皇子にさえ砕けた口調で話すだろう。なのに、どうして俺にだけ”さん”付けで呼ばわって”です・ます”口調なんだ?」
「そうなんですか?自分では意識したこと無いんですけど……風早達はどう思う?」
そう答える千尋は、今も忍人と他の者とで口調を違えていた。
「言われてみれば……忍人の言う通りのような気がします」
「確かに、千尋は他の奴にはタメ口だよね」
「普段から説教ばかりしているから、我が君に打ち解けていただけないのではありませんか?」
風早、那岐、柊からそれぞれ肯定されて、千尋はやっぱりそうなのかと思う。
「でも、忍人さんには自然とそうなってしまうんですよね」
千尋にとって、風早や那岐は家族みたいなものだ。だから、当然のように砕けた話し方になる。
他の者達はと言えば、殆どの者は最初は敵か正体不明だった。だから、虚勢を張って強気な態度を取ることとなり、それがそのまま定着してしまった。
極度に緊張していた布都彦や怯えるような素振りを見せていた遠夜には、それらを解す為に千尋は意図的に砕けた口調で話しかけた。
だが忍人には、初対面では何か言うどころではなかったし、改めて味方として顔を合わせれば威圧されたしで、とても砕けた口調で話せる雰囲気ではなかった。
こうして最初に千尋の中で振り分けられた口調の使い方は、そのままの状態で現在に至る。
「自然と使い分けてるので、今更変えるのは難しいんですけど……嫌ですか、忍人さん?」
「嫌な訳ではないのだが…」
ただ、自分だけ距離を置かれているみたいで、些か寂しい気がする忍人だった。

柊の言う通り、出会った頃は説教するか怒鳴るかで怖がらせておいて、今更打ち解けて欲しいなどと思うのは虫のいい話だろうか。
沈んだ顔をしている忍人に、柊が面白そうに言って来た。
「あなたは自分にだけ態度が違うと思って、疎外感を感じているようですが……気付いてないんですか?我が君は道臣にも”さん”付けで”です・ます”口調ですよ」
忍人は目を瞠って柊の方を向いた。
「そう…なのか?」
驚く忍人に、柊は更に付け加える。
「もっとも、道臣の前では忍人の前のように緊張はしていないようですが…。大方、姫にとって道臣は親切なお兄さんのような存在と言ったところでしょう。あの柔らかい物腰と丁寧な口調に、自然と我が君の口調も改まるのだと思います」
「う~ん、確かに道臣さんはそんな感じかな」
千尋も柊の言に納得する。
「では、俺は…?口調は同じなのに、何故君は俺の前でだけ緊張するんだ?」
「うっ、それは…」
何処か切羽詰まったように聞かれて、千尋は口籠った。あっさり答えられるくらいなら、緊張などしない。
「何言ってるんですか、忍人。あなたがこれまで我が君にして来たことを考えても御覧なさい。怒られると思って反射的に身構える習性がついてしまっても仕方のないことでしょう。それこそ、あなたの自業自得というものです」
「そうか…すまない」
問い詰めるようにして更に千尋を怖がらせてしまったと思って、忍人は謝罪の言葉を口にした。そこで、千尋は慌てて言い訳する。
「違うんです。別に、怒られると思って身構えてる訳じゃなくて…」
そこまで言って、千尋は頬を染めて俯いた。それを見て、風早が横から口を出す。
「さしずめ複雑な乙女心の成せる業と言うことですか?」
「もうっ、風早ったら…」
尚も紅潮していく千尋の前で、忍人は納得したように呟く。
「成程…乙女心か」
その呟きに、一同が驚く。
「何が成程なのさ?」
困惑する面々を他所に那岐が冷静に問うと、忍人は真顔で答える。
「俺には全く綺麗さっぱり理解出来ないということがよく解った」
「…理解しようとは思わないんですね」
柊と風早と千尋が脱力しながら異口同音にぼやくと、忍人はまたしても真顔で返す。
「無理だな。それとも誰か、俺に理解出来るように説明してくれるのか?」
「無理です。そんなこと出来ません」
柊まで一緒になって説明を投げ出した以上、そんな芸当が出来る者はこの世に居まい。千尋との今後の付き合いで忍人が自然に乙女心を理解出来るようになることを祈るしかないだろう。そこで那岐は、呆れたように彼らに一瞥をくれると静かに茶を啜ったのだった。

-了-

《あとがき》

自分だけが千尋に敬語を使われていることが気になる忍人さん。
実は、道臣さんにも敬語なんだけど……忍人さんの前で千尋と道臣さんが会話してることなんて殆ど無いようなので、忍人さんは気付いてません。
千尋の口調使い分け理由と道臣さんの存在については、当サイトの基本姿勢に依るところが大きいです。

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