髪上げ
「千尋の髪、大分伸びて来ましたね」
    いつものように千尋の髪を梳いていた風早は、ふと思い立って提案してみる。
    「ちょっと結ってみませんか?」
    「そうだね。ちょっとやってみてくれる?」
    千尋の賛意を得て、風早は嬉しそうに千尋の髪を結い上げた。まだ以前のような髪型には出来ないが、一部を結って簪を挿してみる。
    「はい、出来ました。少し大人っぽくなりましたよ」
    「ふふふ、ありがとう、風早」
    千尋は嬉しそうに微笑んで、前の間へと出て行った。
前の間には、忍人が居る。
    毎朝、朝議へ向かう千尋を迎えに来る忍人は、以前は部屋の前で待っていたのだが、どうせ居るなら時間まで一緒にお茶でも飲んでてくれた方が有り難いと招じ入れられ、正式に婚約して以来こうして中で待っていてくれるようになったのだ。
    千尋としては、朝一番の会話が職務口調になるか私的口調になるかで、気分が大きく違っていた。
    「おはようございます、忍人さん」
    「ああ、おはよう、千尋」
    いつも通りの挨拶に、風早は不満そうに忍人に言う。
    「それだけですか、忍人?」
    「それだけ…とは?」
    忍人は不思議そうな顔をした。
    「今朝の千尋を見て、何か気づきませんか?」
    言われて、忍人は千尋を観察するような目で見遣り、それから答えた。
    「何処も怪我をしているようには見えないし、血色も良いようだが、具合でも悪いのか?だったら、無理をせずに休んだ方がいい」
    「……もう、いいです」
    風早は肩を落とした。忍人に、女性の髪型の変化に気づいて褒めろなどと期待した俺が莫迦だった、と心の中で涙を流す。
    千尋は最初から期待していなかったのか、忍人のその反応に何も言わずに、いつも通りに朝餉を取っていた。
    そして風早に見送られて、2人は朝議へと向かったのだった。
部屋を出て、2人きりになった途端、忍人が小さな声で告げた。
      「綺麗だな」
      「えっ?」
      突然、何を言われたのかと千尋は驚いた。
      「その髪……とても良く似合っている」
      慣れぬ言葉を紡いだ忍人は頬に朱を走らせていたが、照れながらもちゃんと千尋の方を見て言ってくれた。それを嬉しく思いながらも、千尋はちょっとだけ不満を漏らす。
      「気付いてたなら、どうしてさっき風早に聞かれた時に言ってくれなかったんですか?」
 
      「……風早の前で褒めるのは癪だったんだ」
      どうせ結ったのは風早だし、千尋の魅力の引き出し方について滔々と語られそうだし、下手をすると柊張りにからかわれるし……。
      「風早の手で綺麗に飾られた君を見るのは、少々複雑な気分だ」
    そう零しながらも、忍人は何処か楽し気だった。
    そして千尋も、朝から大変気持ちよく仕事に向かうことが出来たのだった。
-了-
《あとがき》
千尋の髪型を巡る、ある朝のほんの一時のお話。
珍しく短めにまとまりました。
忍人さんは、風早に対してちょっと嫉妬して、精一杯の抵抗で白を切りました(^_^;)

