温もり

森での薬草集めに参加した千尋が、皆の目を盗んで一人で奥へと入り、水の中に生えている綺麗な花に手を伸ばして泉に落ちた。
派手な水音を聞きつけて駆けつけた那岐や遠夜の目の前で、ずぶ濡れの千尋が纏わりつく服に閉口しながら泉から上がって来る。
「神子…怪我はない?」
「もう、何やってんだよ、千尋」
遠夜は勿論のこと、那岐も呆れながらも気遣ってくれた。その証拠に、那岐は急いで上着を脱いで寄越す。しかし、すぐに濡れた服を着替えたにも拘らず、千尋は風邪をひいてしまったのだった。

「軽率だな…単独行動をしたばかりか、泉に転げ落ちるなど…」
さすがの忍人も、風邪をひいたことまでは責める気がなかったと見える。また、病人相手にそれ以上説教する気もなかったらしい。
「それで、具合はどうなんだ?熱は、咳は…何処か痛いところや苦しいところはないのか?」
「…寒いです」
それを聞いて、すぐさま風早は熱いお茶を煎れたが、それでも千尋は震えている。
「仕方ないね…」
溜息を一つ付くと、那岐は靴を脱いだ。続いて上着も脱ぎ始める。
「何をする気だ?」
訝しむ一同を代表したかのように問う忍人に、那岐は事もなげに答えた。
「添い寝」
「ななな、なりません、そのようにねんごろな!」
「あんた、そればっかりだね。一々過剰に反応しないで欲しいんだけど…」
布都彦は慌てふためくが、那岐にとっては千尋と一緒に昼寝することなど然程特別な行為ではなかった。向こうの世界では夜だって、怖い話を聞いたり遠足や運動会の前日で興奮して眠れない時など、千尋は那岐と風早に挟まれて眠ることもあったのだ。
しかし、那岐達3人と他の者達とでは感覚が大きく違っていた。
「いや、待て。いくら家族同然とは言え、やはり年頃の男女が同じ褥で寝ると言うのは問題があるだろう」
「ええ、幾ら何でも、それは見過ごせない光景ですね」
忍人も柊も相次いで異を唱える。
「だったら、どうするのさ。千尋をこのまま震えさせておくつもり?」
千尋は今も目の前で寒そうにしている。ここには湯たんぽも懐炉もないし、風早が煎れた熱いお茶も効果が薄かった。
「じゃあ、そういうことだから…」
上着をその場に落として千尋の隣へ潜り込もうとする那岐を、忍人は慌てて引き止めた。
「何だよ。もしかして自分がやりたいとでも言うの?」
「いや、そんなことは…」
そんなことは例え心の片隅でチラッと思ったとしても、誰も言わないし言えるはずもない。図々しい柊でさえ言えないものを忍人が言えるはずもなかった。そこで、一計を案じた忍人は、傍らに居た者の首根っこを掴むと手早く靴を脱がせて千尋の隣へ押し込んだのだった。

「あっ!」
千尋の隣に押し込まれ掛布の中から覘く獣の耳に、その正体が知れる。その場に居た者達は皆、驚きと感嘆の声を上げた。
「お前は二ノ姫に暖を取らせることのみを考え、勝手には動くな。これは命令だ」
「はい、忍人様」
寝台の中から元気な声が返って来た。
足往にとって忍人の命令は絶対だし、千尋に懐いてはいても邪な気持ちは一切ない。しかも、ただでさえ子供の体温は高い上に、狗奴である足往は抱き締めると大変温かい。こういうことには那岐よりも適任である。
これには柊も感心した。
「よく思いつきましたね」
「子供ならば一緒に寝ていても問題ないだろう。それに、狗奴達に囲まれていると冬場でも野宿出来る程暖かい」
それは細やかな嫉妬と生活の知恵の成せる業だった。忍人自身、咄嗟によく思いつくことが出来たものだ驚いている。しかし、これでどうにか那岐の添い寝は阻止出来たと安堵した。
布都彦も、今度は”ねんごろ”だの”破廉恥”だのとは言わない。
「どうだ、千尋?」
「まだちょっと寒いですけど……もうしばらくこうしてれば大丈夫だと思います」
「そうか…では、ゆっくり休んでくれ」
千尋の答えに安心したように微笑んで、忍人は部屋を後にした。
その後、部屋に残された者達は「今、千尋って呼んだ?」「今、笑った?」と自分の耳や目を疑って軽い混乱に陥り、その陰で風早と柊は忍人をシメる計画を練り始めたのだった。

-了-

《あとがき》

千尋風邪ひきネタ、旅中編。
湯たんぽも懐炉もない天鳥船の中で、代わりにするなら足往だろう。耳や尻尾がフカフカしてて暖かそうだ、と言う思いから生まれたお話です。
気持ちを隠して上手く乗り切ったと思った忍人さんでしたが、気が緩んだ所為で、うっかり口を滑らし笑いかけてしまいました。
「いつの間にそんな仲に…」と憤る保護者と下僕であります(^_^;)

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