暇つぶし

「暇で暇で仕方がないので遊びに来ました」
そう言って、柊が突然やって来た。そこで、忍人は素っ気なく応じる。
「見ての通り、俺は忙しい。暇なら働け。お前がその気になれば、どこの部署も仕事が捗るだろう」
しかし、柊はあっさり言い返す。
「その気になれません」
「だったら、どこかで竹簡でも読んでろ」
「目ぼしいものは読み切ってしまいました」
その後もああ言えばこう言うで埒が明かない。
「とにかく、俺はお前と遊んでいる暇などない」
忍人が何度もそう繰り返すと、柊は突然素直になって出て行った。
「……解りました」
そんな柊を目の端で見送って安堵した忍人だったが、そこでハッとなって慌てて部屋を飛び出した。

そちらに居ないことを祈りながら忍人が駆けて行った先に、無情にも柊の姿があった。
「待て、柊!」
振り返った柊に、忍人は問うた。
「何処へ行くつもりだ?」
「聞かなくても解っているのでしょう?」
言い置いて踵を返した柊を、追い縋るようにして忍人は引き止めた。
「ダメだ、行くな!」
「忍人…?」
「絶対に行かせないぞ!お前がそのつもりなら……今日はずっと俺の目の前に居てもらうからな」
忍人は、柊を千尋の元へ行かせまいと必死だった。今、手を放せば千尋に害が及ぶ。どれだけ鬱陶しくても、目の届く範囲に置いておかないと危険だ。その一心で、忍人は柊を引き止める腕に力を込めた。
すると背後から、カラ~ンと音がする。
振り返ると、布都彦が慌てて足元に転がった竹簡を拾い上げて逃げ去って行った。
「ふふっ、どうやら面白いように誤解をされたようですね」
柊は意地悪く笑っているが、 布都彦が何をどう誤解をしたのか、忍人には全く解らなかった。柊もわざわざ説明しようとは思わない。
「まぁ、良いでしょう。お望みとあらば、ずっと傍に居て差し上げます。その代り、私の遊び相手になってくださいね」
「……仕方ない。だが、俺は忙しいんだ。相手をして欲しければ、仕事を手伝え」
今度は柊も働く気になった。そして本気になって仕事の山を片付けて、空いた時間でたっぷりと遊んで帰って行ったのだった。

千尋の元へ行かせまいとして一日中柊と一緒に居ることとなり、忍人はすっかり疲れ果ててしまった。
それでも千尋と約束してあったので、夕餉を共にする為に、忍人は千尋の部屋へと向かう。そんな忍人を出迎えた風早は、何やら含みのある笑みを浮かべていた。
「お疲れのところ申し訳ありませんけど、千尋にちゃんと説明してくれますか?」
「何の説明だ?」
キョトンとした忍人が風早に誘われて椅子に掛けると、正面に座っていた千尋がニヤニヤしながら訊いて来た。
「忍人さん……今日、柊に縋りついて、何処にも行くな、俺の傍に居ろ、って叫んだって話はどの程度本当の事ですか?」
ゴンッと鈍い音を立てて、忍人の額が卓子にぶつかった。
「どうせ、柊に嵌められたんでしょうけど……まるで別れ話が縺れた恋人同士みたいですよね。一体、何があったんですか?」
千尋はワクワクしながら説明を求める。 それによって、やっと忍人は布都彦が何をどう誤解したのかを悟った。布都彦は間違っても言い触らすような真似はしなかっただろうが、他にもあれを見聞きした者が居たに違いない。
そして柊の「遊びに来た」は、最初から忍人で遊ぶということを意味していたのだと思い知らされたのだった。

-了-

《あとがき》

暇を持て余した柊を身体を張って止める忍人さん。この忍人さんは、千尋と婚約中です。
うちの忍人さんは、破魂刀で命を削らなくなっても、柊の所為で毎日のように身も心も削っています(^_^;)
柊は、忍人さんが引き止めに来なかったら、そのまま千尋の元へ行くだけなので、どちらに転んでも良い思いをします。

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