愛しい人のための罰

出雲を出立後、忍人は船内の警備を強化したり、生き残りの兵達を鍛え直したりと大忙しだった。
それを見た千尋は、これまで以上に身体を酷使する忍人が心配でならなかった。
「少しは休んでください」
「休んでいる暇などない。君は現状が解っているのか?こちらの兵の数は一気に減り、常世の者まで乗船しているんだぞ」
千尋は忍人の言い分も解らなくもなかったが、今乗っている常世の軍の者達には、アシュヴィンが目を光らせている。アシュヴィンはこんなところで千尋を害するような真似はしないと、千尋は信じて疑わなかった。だが、それを忍人に上手く説明など出来はしない。千尋がアシュヴィンを信じているのは理屈ではないのだ。柊の時と同じように、ただそんな気がするだけ、疑念が湧かないだけでしかない。
「それは解ってますけど…」
「いいや、君は解っていない。解っていたら、こんな風に一人歩きなど出来ないはずだ」
それを言われると、千尋は反論出来なかった。項垂れて、忍人からいつものように説教を受けて、風早の元へと送り届けられてしまった。

何とか忍人を休ませる方法はないものか。
千尋はあれこれ頭を悩ませた挙句に、ふと思い立って忍人の元へと向かった。今度は説教されないように、風早も伴って行く。
「今度は何の用だ?」
兵達の訓練をしていた忍人は、再び千尋に休むように言われて、呆れたように同じ答えを返した。しかし、千尋は一歩も引かず、背筋を伸ばしてきっぱり言い放つ。
「葛城将軍を、先日の出雲での独断行動の咎により、5日間の自室謹慎に処します」
思わぬ千尋の言動に、忍人は目を瞠った。
「忍人さん、処分は受けるってあの時言いましたよね?今更、嫌とは言わせませんよ。さぁ、大人しく部屋で休んでください」
「…そう来たか。しかし、君も甘いな。もっと厳罰に処しても良いくらいなのに…」
困ったように僅かな笑みを浮かべてから、忍人は表情を引き締め拳を胸に当てて頭を下げる。
「謹んで、姫の寛大なる処断に従います」
そこまでして自分に休息を取らせようとする千尋の気持ちを受けて、忍人は千尋と風早に付き添われて大人しく自室へと戻って行った。

忍人を部屋で休ませることに成功した千尋は、今度は風早と連れ立って柊を探しに行く。
「見つけたよ、柊」
「ふふふ…姫にお探しいただけるとは光栄ですね」
嬉しそうに微笑む柊に、千尋は確認するように問う。
「柊は、この前の忍人さんの独断行動を黙認というか後押ししたんだよね?」
「そういうことになりますね」
突然何を言い出したのかと探るような顔をする柊に、千尋は畳み掛ける。
「それと、私の命令なら何でも聞いてくれるんだよね?」
「はい。何かお命じ下さるのですか?我が君の願いを叶えることが私にとって大いなる喜び……どんな難事も打破してご覧に入れましょう。どうぞ、何なりとご命令ください」
期待に胸を膨らませている柊に向って、千尋はニッコリ笑って言い放った。
「柊を、葛城将軍の独断行動をほう助した咎により、これより5日間、葛城忍人への接見禁止に処します」
「えっ!?」
「忍人さんに休んでもらおうと思って、この前の独断行動を口実に5日間の自室謹慎処分にしたんだけど、そこへ柊が遊びに行って疲れさせでもしたら意味ないものね。だから、柊はその間忍人さんに近付いちゃダメだよ。これ、命令だからね」
どんな難事でも、とは言ったものの、それは柊にとっては通常の命令よりも遙かに願いを叶えるのが難しい事だった。
「そんな……こんなに近くに居ながら、5日も忍人で遊べないなんて…。ですが、我が君のご命令とあらば、従わぬ訳には参りません」
柊は打ちひしがれたように、その場にへたり込んだ。
「はは…千尋も、柊に対しては罰らしい罰を科しましたね。ああ、でも仕事バカの忍人から仕事を取り上げるのも充分罰に値しますか」
風早は笑いながら、千尋の手並みに感心した。今生の千尋も、なかなか聡明に育ってくれて、風早は鼻高々だ。どんな教育をしたんだ、と事ある毎に文句を言われて来たが、自分の育て方に間違いはなかったと自負する。
おかげで、それから5日間、忍人は柊から解放され、風早と千尋、時には遠夜や道臣を加えての優雅なお茶会に興じる生活を送り、千尋の願い通り心身共に癒されたのだった。

-了-

《あとがき》

働き過ぎの忍人さんを心配して強引にお休みさせるお話。
忍人さんに休息を取らせるには命令するのが一番だろうと思うものの、やたらと命令出来る千尋ではないので、あの出雲の一件を口実にして自室謹慎と言う名目でお休みさせました。休暇とは違うので、部下達もお仕事を持ち込めません。

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