乙女の本音

カリガネの新作料理があると言ってサザキに誘われて、千尋は彼らの宴会へと向かった。
そこで千尋は、風早が止めるのも聞かずに酒を煽った。
「うふふ……風早、大好き~」
「俺も千尋のことが大好きですよ」
千尋はふらふらしながら、いろんな人に抱きついて回る。
「柊も大好きだよ~。どんなに胡散臭いくても、私は信じてるからね~」
「光栄ですね、我が君。全身全霊を賭けて、私はあなたの信頼に応えて見せましょう」
「布都彦って、本当に可愛いよね~。その髪、猫みたいだよ~」
「ひひひ、姫…お戯れはおやめ下さい!このように、破廉恥な…」
「遠夜も大好き~。頼りになるし、小動物みたいで可愛いし、傍に居てくれるとすっごく安心するんだ~」
「神子が喜んでくれると…オレも嬉しい…」
「カリガネも大好きだよ~。美味しいものいっぱいくれるし、優しいし、頼りになるしね~」
「…そうか」
「サザキはもっと頑張ってよね~」
「えぇっ、オレは褒めてくんねぇの?」
厳しい評価を喰らったサザキは、抱きついても貰えずに肩を落としたが、千尋は構わず那岐に抱きつく。
「えへへ……那岐も大好き~」
「あっそ。まぁ、勝手に言ってなよ。酒なんか飲んで、葛城将軍に説教喰らっても知らないからね」
ぐるりと一周した千尋に那岐が掛けた言葉で、様子が一転した。
「忍人さん…?」
その名に反応したように、千尋が泣き出す。
「忍人さん、何処~?」
ピーピー泣き出した千尋を風早が抱き締めるが、一向に泣き止む気配がない。そこで、不用意に忍人の名を口にした那岐に言い付ける。
「責任とって、忍人を連れて来てください」

「二ノ姫!酒など飲んで、一体どういうつも…り?」
那岐から簡単に話を聞いて忍人が駆けつけると、千尋はいきなり抱きついた。
「おい、これは何の真似だ?」
「忍人さん……愛してます」
突然の告白に、さすがの忍人も狼狽えた。愛しく思っている相手からこのように言われれば、幾ら忍人でも平静では居られない。
しかし、環境が悪かった。サザキの口笛の音に、忍人は我に返る。
「ふざけるな。俺はそんな戯言を聞きに来たのではない。用がそれだけなら帰らせてもらう。酔っ払いの戯言にいちいち付き合ってなど居られるか」
那岐が「酔った千尋が泣きながら呼んでいる」と言うから来てみれば、これだ。照れもあって、つい引き剥がす手にも力が入り、普段以上に口調もきつくなった。そこで腕の痛みに顔を顰めた千尋の様子に、慌てて手を離す。
「あっ、すまない。痛かったか?」
「忍人さんの莫迦~っ!!」
心配そうに千尋の顔を覗き込もうとした忍人の頬に、千尋の右手がヒットした。
「忍人さんなんか、大っ嫌い!」
千尋はまた風早にしかみついて泣き始める。
そして、呆然としていた忍人は、柊に腕を掴まれた。
「忍人…ちょっと、こちらへいらっしゃい」

部屋の隅に連れて行かれた忍人は、訳も解らぬまま柊に正座させられた。
「いいですか、忍人。あなたが鈍感で朴念仁なのは私もよく知っています。勿論、言われ慣れていないということもあるでしょう。いいえ、むしろ迷惑な相手から迫られてばかりいる所為で、反射的に拒絶反応が出たのかも知れません。それは仕方がないことだと認めるのは吝かではありません」
「何が言いたい?」
柊の長い前置きに、忍人は早く本題に入るように促す。
「我が君の言葉にあれは勘弁なりません」
「あれとは…?」
そのように言われても、忍人には柊の言いたいことが解らない。
「我が君の一世一代の愛の告白を、酔っ払いの戯言とは何事ですか。私はあなたをそんな風に育てた覚えはありませんよ」
「なくて当然だろう。俺も、お前に育てられた覚えなどない」
途端に、忍人の頭がペシッと叩かれる。
「ふざけないでください。次は本気で引っ叩きますよ」
「ふざけているのはお前の方だろう!」
”一世一代の愛の告白”だの”育てた覚えはない”だのと、忍人からすれば、柊の言動の方がよっぽどふざけている。
「酔っ払いの戯言をそう言って何が悪い?」
「何故、そう決めつけるんですか。あなたは、我が君が冗談や戯言であのようなことを言えると思っているんですか?」
「では、本気にしろと言うのか?」
酔っぱらって抱きついて「愛してます」と言い、その舌の根も乾かぬうちに今度は引っ叩いて「大っ嫌い」と言う。
とても本気で取り合うことなど出来はしない。酔った弾みの戯言としか思えなかった。

「ふぇ~、忍人さんの莫迦~。本気だったのに~」
「そうですね。あれは全部、千尋の本音ですね」
酔っぱらった千尋は、普段は口にしなかっただけの正直な気持ちが漏れ出しただけだ。あれは全て掛け値なしの本音で、決して戯言などではなかった。
そして、まだ酔いの残っている千尋はだんだん声が大きくなる。
「忍人さんの鈍感!朴念仁!怒りんぼ!」
「はいはい、千尋の言う通りです」
「初めて会った時だって、ひとの裸を見ておきながら、説教しかしないしさ!」
「えっ!?」
一斉に千尋に視線が集まった。完全に泣き止んで、今やすっかり目の座った千尋は、近隣の部屋まで聞こえそうなくらい大声で続ける。
「全裸の女の子に向って、あれは何よ!?軽率だな、俺が敵なら君は今頃死んでいたぁ?ちょっとは照れるとか慌てるとかしたらどうなのよ~」
「待て、二ノ姫……それは…」
忍人は真っ青になって、千尋の口を塞ごうと立ち上がりかけ、柊に押し留められる。
「酔っ払いの戯言だ~?ふざけんなっての。一体、私のこと何だと思ってんのよ~」
そう叫ぶと、千尋はキッと部屋の隅の忍人を睨み付けた。それからズカズカと近付き、グイッと胸倉を掴む。
「答えなさいよ!」
「二ノ姫…?」
言うなり掴んだ手から力が抜け、そのまま倒れ込んで来る千尋を、忍人はそっと抱き止めた。
「眠ってしまわれたようですね。仕方ありません。何はさておき、姫をお部屋まで運んで差し上げてください」
「俺が?」
「ええ、あなたの腕の中で眠っておられるのですから、当然でしょう?我が君をお送りしたら、すぐに戻って来てくださいね。逃げることは許しませんよ。帰りが遅いようなら、姫に良からぬことをしていたと見なします」

柊に言われた通り千尋を部屋まで運ぶと、忍人はその身体をそっと褥に横たえた。
すると、頭を支えていた腕を千尋がしっかりと掴んで枕にしてしまう。
「困ったな。どうしたものか…?」
このまま戻らずに居れば、千尋に良からぬことをしていたと見なされてしまう。だが、満足そうに眠って居る千尋から無理矢理腕を取り返すのは忍びない。そこまでして戻っても、あの一件と今夜のことで皆から責め立てられるに決まっているのだ。
しばらく考え込んだ末、どうせ責められるならこの際とことん責められてやろうと腹を括って、忍人はそのまま腕枕を続けることにした。
そして翌朝、徹夜明けの忍人は、何も覚えていなかった千尋に盛大な悲鳴を上げられ、風早と柊から散々に絞られた後、事情を知った千尋から謝り倒されることとなったのだった。

-了-

《あとがき》

酔った千尋の本音が炸裂するお話でした。
冒頭の千尋の本音はLUNAの偏愛による評価です。サザキは面倒は何かとカリガネに押し付ける印象があるので「もっと頑張りましょう」という評価となっております(^_^;)

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