好意の裏側

「どうして、忍人さんはそんなに柊のことを嫌うんですか?」
千尋からあまりにも唐突に、しかも真っ直ぐに訊かれて、忍人は返答に窮した。
「裏切り者だ、って言う話は聞いてます。でも、ずっと一緒に旅して、一緒に戦って、こうして平和になったのに、それでもまだ柊のことが信じられないんですか?」
白虎にも認められた。ここまで来るのにもいろいろ助けてもらった。今も助けてくれてるし、これからもきっと助けてくれるだろう。
勿論、柊が中つ国を裏切って常世に属していたという事実は千尋も承知している。レヴァンタの元に居た柊が、あの圧政に加担していた可能性だって考えていない訳ではない。
それでも、忍人にとっては兄弟子であり、風早にとっては親友であり、そして千尋達にとっては仲間であることも事実だ。、
一度裏切られたから二度と信じられないというのであれば、あれほど憎んでいたはずの土蜘蛛である遠夜のことはどうなのだろう。実際に裏切り、忍人が多くの部下を失うことになる引き金を引いた土蜘蛛は遠夜ではなくエイカという者だったとしても、忍人はかつては土蜘蛛として憎んでいた遠夜を今では心から信頼し親しい友人として遇している。
ましてや、常世の皇子であるアシュヴィンに対してさえ、距離は置いているものの戦友として認めているかのような態度を取っているのに、何故柊をそれ程嫌うのか。それが千尋には理解出来なかった。
「今でもまだ、柊がまた裏切るかも知れないって思ってるんですか?」
「…その心配はしていない。柊は、中つ国を裏切ることはあっても、君を裏切ることはないだろう」
柊は千尋の為にならないことはしない、と今の忍人は信じていた。
「だからと言って、柊に心を許すことなど、俺には出来ない」
「どうしてですか?」
重ねて問われ、忍人は言葉を探す。
「強いて言うなら……柊だから、だ」

国を裏切り、常世に組したことを憎んだこともあった。
だが、生き延びるための手段だったのだと、情報を集める為や内部から常世を切り崩す為だったと言われれば、頭では納得出来る。
本当に許せなかったのは、羽張彦と一ノ姫のことについて何も語らずに消えたことだった。
そして今でも許せずにいるのは、あの態度だ。
いつまで経っても自分のことを子ども扱いするし、時には女扱いもする、人をバカにし切ったあの態度が気に入らない。
一言いえば十言くらいの嫌味になって返って来るし、何かにつけてからかって、それで楽しんでいるあの神経に腹が立つ。
思い返せば寝返ったばかりの頃から千尋に対して馴れ馴れしかったし、風早や千尋と話していればやたらと割り込んでくるし、こちらの都合など考えずに押しかけて来るし……どこまで図々しい奴なんだ、と頭に来る。
かと思えば、急に優しい言葉を掛けたり気遣って来たりと、一体どれだけ自分を翻弄すれば気が済むのだろう。

堰を切ったように本音を吐露した忍人に、千尋は目を丸くした。
「忍人さん……本当は柊のことが好きなんですね」
「な、何を言ってるんだ、君は!?」
驚愕する忍人に、千尋は謎解きでもするかのように言う。
「だって、何も言ってくれなかったとか、対等に扱って欲しいとかって、結局そういうことなんじゃないんですか?}
「そういう訳では…」
「それと、結構独占欲強かったりします?」
何故か嬉しそうに訊く千尋に、忍人は今度は不思議そうな顔をした。
「だって、私に馴れ馴れしかったとか、話に割り込まれたとか、それが気に入らないのって要するに嫉妬でしょう?」
「違う!そんなことではない!」
「照れなくてもいいじゃないですか。私は忍人さんが嫉妬してくれて嬉しいんですから…」
「そ、それは…」
「忍人さんって、やっぱりツンデレなんですね。私に対しても普段は素っ気ない態度で、何かにつけて説教ばかりするし……そのくせ時々すごく優しくなって、無自覚に甘いこと言ったり、聞いてて恥ずかしくなるようなこと真顔で言ったりするし…」
忍人には”ツンデレ”の意味は解らなかったが、とりあえず千尋が言うようなことを自分がしている覚えはあった。
「柊も、忍人さんに対してツンデレ?むしろ、サディストかな。好きな子ほど苛めたいって感覚?そういうトコ、ちょっと可愛いかも…」
「柊が……可愛い?」
忍人の顔には、その感覚が信じられない、と書かれている。それに、あの柊が可愛く見えるのなら、そんな千尋の目には自分などはどう映っているのかと不安にもなる。
「柊の気持ちもちょっと解る気がするなぁ。忍人さんって、狼狽えたりムキになったりした時なんかすっごく可愛いもん」
「…君まで俺を子ども扱いするのか?」
ムッとした顔の忍人に、千尋は柔らかな微笑みを浮かべて答える。
「ふふふ…拗ねないでください。これは子ども扱いとは違いますよ。でも、そういうところが可愛いんですよね」
「ええ、まったくその通りです。我が君に私の心情をそのように深くご理解いただけておりますことを、大変喜ばしく存じます」
「出たな、柊!」
忍人は音を立てて椅子から飛び退いた。
「そんなに驚くことはないでしょう?何ですか、ひとをお化けか何かみたいに……本当に失礼な子ですね。私があなたと姫の話に割り込むことなど日常茶飯事なのではなかったのですか?」
事もなげにそう言われ、忍人は千尋との会話を思い返して恐る恐る訊いてみた。
「……いつから聞いていた?」
「そうですねぇ……確か我が君が、どうして忍人さんはそんなに柊のことを嫌うんですか、と仰った辺りからだったと思います」
最初から全部聞かれていたと知った忍人は赤面して涙目で柊を睨み付けることしか出来ず、それを見た千尋と柊は、「そんなところがやっぱり可愛い」と微笑んだのだった。

-了-

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