てるてる坊主

忍人が千尋の部屋を訪れると、千尋達が何やら一生懸命に手作業をしていた。
「何をしているんだ?」
「あっ、忍人さん、お疲れ様です……って、ええっ、もうそんな時間!?」
千尋は慌ただしく卓子の上の布などを端に寄せ始めた。
「慌てなくても良い。今日は仕事が少なかったので早めに切り上げたんだ。まだ夕餉までには時間がある。早く来ては迷惑だったか?」
「迷惑だなんてとんでもない!忍人さんと過ごせる時間が増えるのは大歓迎です」
千尋は大喜びしながら、布などを全て寄せてしまうと、風早にお茶を頼んだ。
「それで、一体何をそんなに真剣に作っていたんだ?」
再び問われて、千尋は傍らの1つを取り上げて忍人に示した。
「てるてる坊主です」
「…てるてる坊主?」
忍人は眉を寄せて首を捻った。訓練用の槍先の被せ物にも似たそれは、絞りの部分から紐も布も長く残されていて不思議な様相だ。
「まるで、縛り首の罪人のようだな」
忍人の感想に、今度は千尋が驚き、風早と那岐が溜息を付く。
「違いますよ!向こうの世界にあったおまじないで、明日は晴れますようにって願いを込めて軒下に吊るす人形です」
「向こうの世界で行われている日乞いの呪術、ということか?」
不思議そうにしながらも納得しかけた忍人に、風早は異を唱える。
「まじないと言っても、呪術とは違いますよ。七夕の短冊と似たようなものです」
気休めみたいなものなので吊るしてもなかなか効き目がなく、明日こそはと千尋が大量生産に乗り出してこの騒ぎとなったのだ。
「そうか…。短冊と言い、てるてる坊主と言い、君達の居た世界には随分といろいろな風習があるのだな」
今度こそ忍人は正しく認識したらしいと、一同は胸を撫で下ろした。

「忍人さんも作ってみますか?」
夕餉を終えて、千尋は再び布を広げると、忍人の前に差し出した。
「一体、幾つ作るつもりだよ、千尋は…」
那岐が呆れたように言うが、千尋はせっせと次のてるてる坊主作りに取り掛かる。付き合いで風早と那岐も手伝い始め、忍人も見よう見まねで襤褸を丸めて布で包むと紐で縛った。
かなりの数が出来たところで、仕上げの顔入れへと移る。
「顔は好きなように描いて良いんです。風早みたいに丁寧に描き込んでも良いですし、那岐がやってるみたいに目の点や線を2つ書くだけでも良いんですよ。私は、こんな風に……目と口を描いて、頬紅入れてみたりもしてます」
目の前に並べられた様々な顔のてるてる坊主をジッと見つめて、それから忍人は徐に筆を取った。
「えぇっと、忍人さん……確かに好きに描いて良いとは言いましたけど…」
忍人が描き上げた顔を見て、千尋達は当惑した。
「訊かなくても解るような気はしますけど、一応聞きますね」
「解るなら、訊く必要はないだろう」
確かに、訊く必要は無いかも知れない。
そのてるてる坊主は、右目の位置に大きく描かれた黒丸から斜めに線が引かれていた。そして、口は三日月の端を更に引っ張り上げたようにニッタリと怪し気に笑っていた。これはどう見ても、彼を模しているとしか思えない。そして、それを描いた理由は多分…。
しかし千尋は、否定してくれることを僅かに期待して重ねて問うた。
「でも、一応訊きます。どうして、このてるてる坊主は右目に眼帯して怪しく笑っているんですか?」
「柊を模したからだ。本人を処罰出来ない以上、せめてこいつを代わりにして鬱憤を晴らしたい」
柊は国を裏切ったとは言え、それが中つ国滅亡に繋がったのではなかったことと、千尋の為に良く働いた功績や新女王即位の恩赦で無罪放免となった。それが忍人は面白くなかった。無罪放免ではなく減免するに留めて、罰としてこき使ってやれば良かったのにと思っている。
「やっぱり、忍人さんの目には、これは縛り首に見えるんですね」
力なく言う千尋に、那岐がボソッと呟く。
「…柊の顔なのは構わないんだ」
すると、風早が笑いながら言った。
「意外と効き目があるかも知れませんよ」
果たして、本当に風早の言う通りだったのか。この柊もどきのてるてる坊主を吊るした翌朝、ずっと続いていた激しい雨はピタリと止んで久しぶりの青空が広がった。
以来、橿原宮では晴天を祈願する際、柊もどきのてるてる坊主が軒下にぞろぞろ並んで怪しく笑うようになったのであった。

-了-

《あとがき》

てるてる坊主が縛り首の罪人に見える忍人さん。
だから、柊の顔を書いてみたりして…。
軒下にこんなてるてる坊主がぞろぞろ並んで吊るされてたら、天も驚いて雨が止んでしまうかも知れません(^_^;)

indexへ戻る