七夕

出雲では夏祭りが行われる夜、橿原宮では七夕祭りが行われることとなった。
中庭には、千尋に頼まれて遠夜が何処からか担いできた立派な笹が設置された。
短冊は薄手の木札だ。そこに願い事を書き入れるようにと言われて、忍人は困惑した。
木札に書き込んで笹に括り付けるだけで願い事が叶うとは到底思えない。流れ星に祈るのも不思議だったが、千尋達が5年間過ごした別世界には、本当に変な風習があるものだと思う。
「難しく考えることはないんですよ。書くことで自分の望みや目標を再確認することにもなりますからね」
「参考までに…私の願い事は、こちらです」
柊が見せてくれた短冊には『如何なる時も我が君のお役に立てますように』と書かれていた。それを見て忍人は呟く。
「千尋の役に立ちたければ、今すぐ死ね」
「相変わらず、つれないことを言いますね、この子は…。ああ、後ろ向きな願い事は禁止ですよ。例えば『柊が目の前から消えますように』とか…」
正に今そう書き込もうかと考えた忍人だったが、柊に先に言われると書く訳にはいかなくなってしまった。
「他の人の短冊も見てみますか?」
風早の差し出した幾つかの短冊を見て、忍人は目が点になった。
『楽隠居・猪鍋・酒』
『無憂無風・五穀豊穣・和気藹藹』
『武芸上達・刻苦勉励・汚名返上』
「これは…師君と道臣と布都彦か」
呆れたような感心したような忍人に、風早はまた別の短冊を差し出した。
「こんなのでも良いんですよ」
『平穏と安眠』
那岐の短冊だった。
「それから、これが俺の願い事です」
『いつまでも千尋と一緒に居られますように』
気持ちは解るが、こんな短冊を自分に堂々と見せるとはいい度胸だ、と思った忍人だった。何しろ、千尋は忍人の婚約者なのだから…。
「こんな風に漠然としたものでも構いません」
そう言って柊が差し出した短冊を見て、忍人は首を傾げる。
『神子の幸せ』
「これは…遠夜のものだな。彼は文字の読み書きが出来たのか?」
「ああ、それは千尋が書いたお手本を見ながら何度も練習したんですよ。まだ読み書きは出来ません。でも、学習意欲はあるみたいなので、これから暇を見て千尋に教えて貰うらしいですよ。ほら、そうすれば千尋以外とも筆談で会話出来るようになりますから…」
「なるほど。それはいい考えだと思うが…」
いい考えだとは思うものの、忍人としては千尋の負担が少々心配だった。暇の有り余っている風早や柊が教えてやればいいのに、とも思う。そんな考えを読んだのか、風早はこう続ける。
「最初は言葉が通じないと遠夜が何を聞きたいのか解りませんからね、千尋に任せます。ある程度読み書き出来るようになったら、俺が代わりますから、あんまり心配しないでください」

そうしていろいろ考えた結果、忍人は短冊に自分の願い事をさらさらと書き込んだ。
遠夜の願い事と重なるような気はしたが、それが今の自分の心からの願いだった。
「おや、書けましたか?どれどれ…」
「ほぉ、これは…」
忍人の短冊を見て、風早と柊は意味深な笑みを浮かべる。
「何か文句でもあるのか?」
「いいえ、文句なんてありませんよ。その願いが叶うことを、私も陰ながら応援いたしましょう」
「ええ、あなたの健闘を祈ります」
そう言うと、風早は千尋の短冊を忍人に手渡した。
その短冊を見て、忍人はボソッと呟く。
「柊…応援する気があるなら、やはりお前が今すぐ死ね」

その夜、沢山の短冊が笹に揺れていた。千尋の短冊と忍人の短冊も仲良く飾り付けられている。
『忍人さんが幸せになれますように』
『千尋の願い事が叶いますように』

-了-

《あとがき》

短冊は一人一枚、但し一枚の短冊にいくつ願い事を書いても可、というルールにより、あれもこれもと書き込む人有り。
道臣さんの願い事のために、LUNAは四字熟語辞典を引きました。

忍人さんの願い事は、キャラソンの「星は刹那の久遠」の引用ですが、これを千尋の願い事と合わせると……自分が幸せになる為には柊が邪魔、という結論に達してしまう忍人さんなのでありました(^_^;)

indexへ戻る