灰吹きから龍


「う~ん、私が好きな順かぁ。それなら……1番は柊で、2番は風早かな」
恋人の声によるそんな発言が漏れ聞こえて来るなり、忍人は踵を返して逃げるようにその場を立ち去った。
そして、談笑中だった狼三兄弟の姿を見止めたところで、糸の切れた操り人形のようにカクンとその場に崩れ落ちる。
「忍人さま、お気を確かにっ!!」
「三狼、薬師を……いや、遠夜を呼んで来るんだ」
「了解」
すぐさま三狼が森に向って駆け出した。
「兄者……遠夜の言葉は俺達には…」
「ああ、だから次狼は姫様にご報告とお願いに上がってくれ。俺は忍人様をお部屋へお連れする」
「承知」
太狼は忍人を抱えて忍人に与えられている部屋へ、次狼はお茶休憩中であろう千尋の元へと向かって歩き出した。

「忍人さんっ、何があったんですか!?」
忍人が倒れたと聞いて、千尋は大慌てで駆け込んで来た。
すると、忍人はクルリと背を向けるようにして掛布の中に潜ってしまう。
「えっ、ちょっと…本当に、どうしたんですか? 何か見られたくないような……ああ、もしかして、リンゴ病とかおたふく風邪とか水疱瘡?」
すかさず、千尋と一緒に来た風早と何故かひょっこりとやって来て合流した柊が、異口同音に応える。
「それ…どれもこちらの世界には在りません」
改めて、千尋は遠夜に忍人の様子を訊いた。しかし、遠夜にも判らないと言う。
「原因不明の発作らしいのですが……気が付かれてからは、すぐにも仕事に戻ろうとされるので、困っていたところなのです」
そう太狼は零すが、今は何故か急に大人しく掛布に潜り込んで動かなくなっている忍人だった。
「俺達の目の前で、急に倒れ込んだのです」
「それなのに、目を覚まされたら”何でもない”の一点張りで…」
次狼と三狼が続けてそう話すと、風早は皆に部屋から出るように言った。
「柊は、俺に手を貸してください」
こうして、部屋には風早と柊と寝台の上の忍人だけが残されたのだった。

「さて、忍人…。何があったのか、正直に答えてもらいましょうか」
「……何のことだ?」
「しらばっくれても無駄です。身体に異常がないのなら、何かショックを……精神的に大きな衝撃を受けるようなことでもあったのでしょう」
「そうですね。それも十中八九、我が君のことで…」
柊は今さっき、忍人が倒れてから戻って来たところなので全く身に覚えがない。となれば、姫との間で何かあったとしか思えなかった。
「くだらないことでウジウジ悩んで千尋に心配をかけるなど言語道断。とっとと洗い浚い白状してもらいますよ」
「忍人…無駄な抵抗はやめて早く話しなさい。さもないと、どうなるか……言わないと解りませんか?」
柊の含みを持たせた物言いに、忍人は言外の意味を覚ってあっさりと口を割った。

「心理てすと?」
「はい。ああ、”テスト”というのは”試験”という意味ですが……要するに心理テストと言うのは、どんな風に思っているのかを分析するものです。とは言っても、俺達がやっていたのは深刻なものではなく、殆どが遊びみたいなものですけど…」
あの時の千尋は、風早が升目に振った番号に対して「1番は柊で、2番は風早」と言っていたのだと聞かされて、忍人は脱力した。
「せっかくですから、忍人もやってみますか? これから戻って続きを選んでもらうので、ついでに君の分も一緒に試してみましょう」
「ふふ…あなたがどんな風に思っているのか、答えが楽しみですね」
どうやら自分に拒否権はなさそうだ、と思った忍人は、大人しく風早達と共に千尋の部屋へと向かったのだった。

「3×3の升目の中央に自分を置いて、その周りの8つのマスに好きなように自分の周りの人(なるべく異性)を当て嵌める」という訳の解らないものに、忍人は悪戦苦闘した。
身近に居る女性など限られている。しかも、身近に配置しても良いと思える人物など、殆どいない。
忍人は、少し離れた席で優雅にお茶会を楽しんでいる千尋達の方を何度もチラ見しては頭を抱えることを繰り返した。
その結果、「なるべく」の部分に縋るようにして、殆どの升に同性の名を書き込むことで、どうにか全ての升目を埋め切ったのであった。

「はい、それでは結果発表と行きましょう」
順番は、風早が振った番号通りに、右下から左回りに発表していく。
「まず1番は”変な人”です。千尋は柊で文句なく納得ですね。で、忍人は……俺?」
「それも充分に納得出来ますね」
「うん、言えてる」
渋い顔をする風早に対し、柊と那岐は然もありなんと何度も頷いた。
「えぇっと、2番は”異性だと思ってない人”です。千尋は俺……でしたね。最初から解ってましたけど、ちょっとショックです」
「で、葛城将軍は婆さんね」
「まぁ、順当な処でしょう」
またしても那岐と柊は頷いている。
「さ…3番は”友達”です。千尋は足往で、忍人はアシュヴィン!?」
「へぇ~、意外だね」
「ええ、驚きました」
「忍人さんって、アシュヴィンの事、そんな風に思ってたんだぁ」
「……戦友という意味なら、そうかも知れん」
驚く面々に、忍人は自分でそう分析した。
「はい、それでは次に行きましょう。4番は”好きな人”です。千尋も忍人も遠夜ですか」
これは意外性がないのでスルーされる。
「で、5番は”尊敬している人”です。千尋は道臣で、忍人は……柊!?」
「えっ、そうなんですかっ!?」
そう千尋と柊が驚愕すれば、忍人もあまりの結果に呆然となる。
「有り得ません。俺が”変な人”で、柊が”尊敬している人”だなんて……そんなことがあって良い筈がない!」
「あのさ、風早が”変な人”ってのは全然おかしくないから……」
「……柊を尊敬してるだなどと……そんなバカな……。も、もし、そうだとしたら…………性格はさておき、その知略だけなら尊敬出来ないことも……いや、だからと言って…まさか、そんな……」
忍人がそう呟いているのを聞いて、「ああ、そういうことなら…」と千尋達はひとまず得心した。
「えぇっと、それでは気を取り直して、6番に行きましょう。ここは”理想とする人”です。千尋は夕霧で、忍人は道臣」
「あっ、夕霧のお化粧テクとか立ち居振る舞いは確かに理想かも…」
これまたあまり意外性がないのでスルーである。
「では、先へ進みましょう。肝心の7番なんですけど……千尋は忍人で、忍人は千尋…って、あぁっ、面白くないっ!!」
そう叫んだ風早の声で、忍人がこちらの世界に戻ってくる。
「何を怒っているんだ?」
不思議そうに訊ねる忍人に、柊が笑って種明かしをする。
「ふふ…君が彼方へ意識を飛ばしている間に、7番の発表まで進んだんですけど、そこ……”結婚したい人”なんですよ」
「見事に両想いで良かったじゃん」
途端に顔を見合わせて、忍人と千尋はパッと頬を染めて目を反らした。
「最後に8番は”好かれたい人”ですが……千尋は那岐で、忍人は布都彦ってことで……はい、お終い」
最後はえらく投げ遣りになった風早だった。
実は風早は、出来るだけ異性の名を書くように言っておいて番号を下から順に振ることで、普段から異性と認識されている忍人達を早めに書かせようと企んでいたのである。

「あくまで、遊びですよ。ええ、諸説あるんですから……全部が全部、正しい心理状態を表してるって訳では…」
風早は必死に自分を慰めるが、那岐達は容赦がない。
「……けど、結構当たってたんじゃない?」
「忍人の意外な心理が解って、なかなか面白かったですね」
柊はとっても嬉しそうだった。
そして千尋と忍人はと言うと、チラチラと相手の方を窺って、たどたどしく一方通行に言葉を掛け合っていた。
「あ、あの…忍人さん……」
「千尋……その…君さえ良ければ……俺と…」
「忍人さんさえ、良ければ…なんですけど……その…け……結婚…」
「お…俺と……結婚して…」
そこで冷静だった2人が苛つきを爆発させる。
「スパッと言えないんですか、君はっ!!」
「ハッキリ言えよ、千尋!」
片や頭をスパーンと片や背中をドンと叩いての激励に、忍人と千尋はほぼ同時に顔を合わせて言う。
「俺と結婚してくれ」
「私と結婚してください」
しばしの沈黙の後、お互いまたほぼ同時に口を開いた。
「はい、喜んで…」
「ああ、喜んで…」

-了-

《あとがき》

『瓢箪から駒が出る』と同様の意味を持つ故事成語に『灰吹きから竜が上る』というものがあります。
タイトルは、そこから付けました。
『瓢箪から駒が出る』が『瓢箪から駒』と略されるように、こちらも体言止めで……「遙か」の世界では"竜"ではなく"龍"と表記するのがお約束?

風早がちょっとした遊び気分で持ち掛けた心理テストからの急展開でした。
作中で風早も言っている通り、諸説あります。

コレ……千尋はちゃんと直感で埋めるでしょうが、忍人さんの場合は恐らく半分以上は布陣感覚で名前を書き込むと思われます。
だから、柊は前列へ配置。結果的に、何やら良い意味合いのポジションに……(*^_^ ;)

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