家族の条件

「今年も、桜の季節が巡って来ましたね」
「そうだな」
時折舞い込むようになった桜の花びらを見ながら、二人は恒例の花見に想いを馳せる。
「今度のお休み辺りにでも、三輪山にお花見に行きませんか?」
そんな千尋の誘いに、忍人は難しい顔で応えた。
「その事なのだが……」
「あっ、もしかして何か不都合が生じてるんですか?」
お休み返上でやらなきゃならないことがあるとか、急に何処かへ行かなきゃいけなくなって暫く戻って来れないとか、と千尋は心配そうな顔で忍人を見る。
「不都合が生じている訳ではない。寧ろ、それは花見の時に生じることになるのが常だろう」
千尋の懸念を一蹴して、忍人は続ける。
「前々から思っていたのだが、もう忍継も充分に成長してかなり使えるようになったのだし……今年こそは家族水入らずで花見に出掛けないか?」
途端に千尋は顔を輝かせる。
「わぁ、良いですね、家族水入らず。それじゃあ、風早に美味しいお花見弁当を作ってもらって、皆で出掛けましょう」
千尋としても、ぞろぞろとお供がついて来るよりその方が有り難かった。
しかし、千尋と忍人の考える家族には多少の差異がある。
「君の言う皆とは、風早達も含めての事か? 俺は、親子5人だけで、と言っているのだが…」
「えぇっ、風早と那岐は今でも家族みたいなものですよ」
「”家族みたいなもの”と”家族”は違う。付いて来られたのでは、家族水入らずとは言えないだろう」
「それはそうかも知れませんけど、日頃から家族のように過ごしてますし…。特に風早は、私の親代わりで、子供達の育ての親ですよ。忍継も、時々、”じいさま”とか言ってます」
そんなこともあって、今更除け者になど出来ないと思う千尋なのだった。
「第一、千早は風早と、千那は那岐と、一緒に行きたいって言うと思いますよ」
「…っ……それは…確かに……」
その可能性の多大さを痛感し、忍人は大きく溜息をつくと、諦めたような声音で言う。
「仕方がない。その場合は、家族みたいなものまでは許容するとしよう」

案の定、娘達は風早や那岐と一緒に行きたがった。
忍人が妥協を余儀なくされ、那岐は面倒くさそうだったが、風早と女性達は大喜びだった。

そして当日、風早は例年以上に張り切って早朝からお弁当を作った。
しかし、その風早が一同に合流した際、そこには然も当たり前のような顔をして柊が連れ添っていた。荷物持ちよろしく一番大きな弁当の包みを抱えて、そのまま放そうとしない。
「お前の参加をいつ誰が認めたと言うのだっ!! お前は、何処からどう見ても家族でも何でもない! それを……何を図々しく付いて来ようとしているかっ!?」
忍人は、驚きと怒りを露わにしたが、柊は何処吹く風と聞き流し、風早は笑顔で執り成そうとする。
「はは…そう言わずに連れて行ってあげましょうよ」
無論、忍人がそれを許す筈もない。
「いいや、今日の花見は家族行事だ。家族か家族のような者以外は参加不可と、そういう取り決めだったはずだな、千尋?」
問われて千尋は、コクリと頷いた。
「見たか、柊。これは千尋の決定でもある。解ったら、さっさとその荷物を風早に渡して、とっとと失せろ。『遁甲』して勝手に付いて来ることも許さん。いや、そんな真似をすれば千尋の決定に逆らうことになるから、出来まいか」
勝ち誇ったような忍人に、柊はケロッとして応える。
「我が君の決定に逆らうつもりはありません。ですが、家族のようなものなら参加出来るのでしょう?」
「それは、そうだが、お前は家族のようなものですらない」
そう忍人が切って捨てると、柊は千尋に向って問う。
「確か、あちらの世界では、ペットは家族の一員と言われておりましたね?」
「う、うん…まぁ、そうだね」
急に話を振られて戸惑いならも応える千尋に、柊は我が意を得たりとばかりに胸を張る。
「この私は、自他共に認める我が君の忠犬。いわば、ペットのようなものです。ですから転じて、家族の一員のようなものですよ」
ならば参加資格はあるはずです、と柊は卑屈どころかとても嬉しそうにニコニコと笑って主張した。
「そこまで言うなら…」
「ダメだ、千尋。奴の口車に乗せられるな」
「でも、屁理屈ですけど理屈は通ってますし……自分をペットのようなものと言ってまで付いて来たがってるんですから、やっぱり連れて行ってあげましょうよ」
屁理屈と言えどもここまで堂々と言い張られた上に、千尋が納得しほだされてしまっては、忍人もこれ以上反対出来るものではない。
落胆する忍人に、千尋は明るく続けた。
「大丈夫。忠犬なら、”おすわり”や”待て”などの指令は絶対厳守、もちろん無駄吠えなどあり得ません。ならば、そこに存在しているということ以外、忍人さんの邪魔にはならないと思います」
この一言で全てが決まった。今年の花見も、例年通り、また邪魔者付きか、と忍人は肩を落とす。
しかし、決め手となった千尋の発言が効力を発し、柊は平素では考えられないくらいに大人しくしているより他になかった。そのおかげで忍人は、当初の目論見は外れたものの然程の不都合もなく、それなりに楽しい時間を過ごすことが出来たのだった。

-了-

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