みんなで雛祭り

「むぅ~」
「何、うなってんのさ、千尋?」
「あっ、那岐。あのね、こっちの世界には雛祭りも雛人形も桃の節句もないでしょう? ちょっと残念だなぁって思ってたんだけど……そうしたら風早が、皆で雛人形のコスプレパーティーでもすれば雛祭り気分が味わえるんじゃないですか、って…」
「……ふ~ん」
那岐は、何やら嫌な予感がして来た。
「それで、配役に悩んでたの」
ますます那岐の嫌な予感は募る。
「お雛様は、もちろん私がやるでしょ。そうすると、やっぱりお内裏様は忍人さんだよね」
確かに、そうなるだろう。千尋を差し置いてお雛様役をやれる者などいるはずがない。そして、千尋がお雛さまなら当然その夫たるお内裏様は王婿の忍人以外に考えられない。
「でも、それだと三人官女が足りなくなるんだよね」
ちょっと待て、と那岐は思った。それは、もしも葛城将軍と結婚してなければ、三人官女の一人は当然のようにあいつにやらせるつもりだったという意味なのか。そこから導き出されるのは、残りに当て嵌めようと考えている面子に自分が含まれている可能性が大ということである。
「忍人さんなら綺麗な官女になれたと思うんだけど……あと夕霧が居てくれれば、それこそ…」
「嫌だからね。僕は、三人官女なんか御免だよ」
「えぇ~っ、那岐なら絶対可愛い官女さんになれると思ったのに~」
「嫌と言ったら嫌だからね。コスプレだけでも面倒なのに官女なんてさ……付き合い切れないよ」
「じゃあ、五人囃子ならやってくれる?」
「…………どうしてもって言うなら、千歩譲ってやってあげないこともない」
「解った。それじゃ、五人囃子は一人決定ね。だったら、後の4人は……布都彦と、遠夜も音楽系だからこっちかなぁ。ああ、でも、可愛いから官女もありかも……遠夜なら絶対、嫌とは言わないだろうし……あっ、布都彦も官女出来るかも…」
確かにあの二人は千尋に言われたら、女装もするだろう。特に遠夜は、「神子が望むなら…」とか何とか言って、あっさりOKすること間違いなしだ。布都彦は「私は、そのようなこと…」とか言うかも知れないが、命令となれば逆らえまい。
「ん~、でも、よく考えてみると、他に官女が出来そうな人居ないんだよね。風早や柊の官女なんて見たくないし……あと、付き合ってくれそうなのって、足往達や道臣さんだけど…」
「だったら、道臣でいいじゃん。あいつなら、そんなに見栄え悪くはならないって……うん、大丈夫。真ん中の、年増の官女とかなら何とかイケる」
風早や柊の女装は見たくはないし自分も女装はしたくない那岐は、道臣にそれを押し付けることにした。
「じゃあ、頼んでみようかな」
千尋がその気になって、那岐は安堵した。きっと彼も断れまい。これで何とか女装は免れられる。
「そうすると、五人囃子は那岐と足往と狼三兄弟で…」
「風早と柊は?」
「風早は右大臣で、柊は左大臣」
「……最初から、風早と柊に大臣やらせるつもりだった訳?」
「うん。だって、白酒で酔っちゃうのは風早がハマり役だって思ったんだもん。だったら、もう一人の大臣は柊でしょう?」
こうして、配役はひとまず決まったのだった。

各人に交渉が行われ、いざ当日。
那岐は、風早に手渡された衣装を見て驚愕した
「これ、官女の衣装じゃん!」
「だって、道臣より似合うでしょう?」
「蒼弓トリオでちょうど良いですし……遠夜も、一緒にやりたいですよね?」
柊に同意を求められて、遠夜はコクリと頷いた。
「那岐も一緒……」
遠夜に肩を掴まれジッと見つめられて、思わず頷きそうになったが、那岐は何とか堪えて風早達に言う。
「千尋が決めたことに逆らおうっての?」
千尋の決定は、この三人にとっては絶対のものだ。これで何とか難を逃れられるはず。しかし、そんな那岐の目論見は、敢え無く外れることとなる。
「千尋の了承は取り付けてありますよ。当事者の合意があれば、忍人以外は役柄の変更を認めるそうです」
拒否権も発言権も与えられなかった忍人は、現在、別室において、女王と対になるよう仕立てられた煌びやかな王婿の略装に着替え中である。
時間もなかったことだし、衣装は有り物で間に合わせていた。千尋は女王の略装(当人曰く、普段の仕事着)で、忍人は王婿の略装。三人官女は、姫装束の上を数点省いただけ。五人囃子はいつの間にか狗奴一色で、四天王と足往が普段着にお揃いの首輪のような蝶ネクタイで務めることとなっており、大臣役の風早と柊も普段通りの服装だった。
正直なところ那岐は、ここまで普段着の者が多いのでは、雛祭り気分など出ないのではないかと思うのだが、千尋にしてみればそうでもないらしい。略装とは言え忍人の着飾った姿が見られて、雛壇席に自分達を飾って祝い膳を食べるのを楽しみにしているのだそうな。
「ほらほら、那岐も早く着替えてください」
風早に促されて、それでも那岐は最後の抵抗を見せる。
「……変更が認められるのは、当事者の合意があれば、だろ? 僕は同意しないからね」
「いいえ、同意していただきます。ねっ、遠夜?」
「神子も……それを望んでいる…」
遠夜の手に力が篭る。それでも那岐は懸命に抵抗していたが、ついにはダメ押しの一声が掛けられることとなった。
「……諦めろ。千尋が止めない限り、こいつらは絶対に引かない。だが、俺が聞いた限りでは、およそ千尋が積極的に止めてくれることはないだろう。それでは抵抗したところで時間と労力の無駄だ。結局は、絞め落とされて勝手に着替えさせられることになるぞ」
千尋は本心では、那岐に三人官女をやって欲しいと思っているのだ。ならば千尋は、その真意に従おうとする風早達の行動を黙認あるいは追認することだろう。
どんなに抗っても無駄だと悟って自らも早々に抵抗を諦めた忍人の言葉を、那岐は心に重く受け止めた。

畳のような物を重ねて1枚分ずつ段差を付けて緋色の布で覆われた雛壇席に、各自配置につくと、采女達が祝い膳を運んで来た。
「あっ、那岐…官女さんになってくれたんだ」
「寄って集って強要されて、已む無くね。葛城将軍まで、一緒になって脅すんだから…」
恨みがましく言う那岐に、忍人は淡々と応える。
「あれは脅しではない。俺は現実を語ったまでだ」
「……確かに、奴らならやりかねないよね」
遠夜はまだしも、風早と柊は千尋のためなら何処までも暴走する。誰よりもその被害に遇っている忍人が言ったことだけに、那岐もそれは否定出来なかった。
だが、女装は嫌だったが官女役になって一つだけ良かったこともある。
「風早、柊っ……中座は良いけど、席の移動は禁止!」
張りぼての雪洞を端に寄せて割り込もうとした二人は、すごすごと最下段まで退散する。
そう、官女役になったおかげで、この会席で那岐は千尋とお喋り出来るのだった。
一方の風早達は、間に五人囃子と三人官女が入っていて、会話はままならない。広々と設けられた布一枚の最下段で、無役の道臣や岩長姫と膳を囲むより他なかった。千尋のイベント案を詳しく聞かないまま、「官女じゃなければ構いません」とでも思ったのか、一応はハマり役だと思ったのか、配役に異を唱えなかったことが仇となった訳だ。
「ふふん…邪魔はさせないわよ」
忍人に要らぬちょっかいを出す二人を遠ざけて、千尋は着飾った忍人と可愛いく仕上がった官女さん達を愛でながら、この雛祭りを心底楽しんだのだった。

-了-

《あとがき》

雛祭りコスプレパーティーで、那岐と忍人さんは不本意な格好を強いられています。
那岐は女装。忍人さんは、主観的には派手な衣装。

ただ、千尋は本音を言えば、忍人さんに正装して欲しいと思っていました。その為なら、自分もあの鬱陶しい絹綾と冠を被ったり重い装飾品をジャラジャラ付けることになっても構わないと……だけど、いくら何でも遊びで正装するのは拙いでしょうてことで、 略装で手を打ちました。さもないと、「女王の正装を何だと心得てるんだ?」と忍人さんから本気の説教を喰らって、イベント自体が壊れますからね(^_^;)q
それに、正装に使う冠や何やらの装飾品は、さすがに千尋が自由に手に取って使ったりは出来ないでしょう。然るべき処で厳重に保管されているものと思われます。対して略装は、千尋の場合は普段の仕事着だから手元で管理してるし……実のところ、形や色柄の組合せなどが決まっているだけで、一点物でもないので結構自由に使えるという設定です。

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