執事カフェ

それは千尋の誕生日の出来事。
退室の護衛を務める為に執務室へと現れた忍人の姿に、千尋は目を丸くした。そのまま見惚れている千尋に向って、忍人は優雅に一礼する。
「お迎えに上がりました、お嬢様」
この日に限って忍人は、執事の衣装に身を包んでいたのだった。

「千尋がね、以前、執事カフェに行きたいって言ってたんです。ですから、今度の千尋のお誕生日会は、それにしませんか?」
風早の説明はよく解らなかったが、千尋の願いは出来る限り叶えてやりたいと思うのは、皆に共通する想いだった。
忍人も、”執事”とは要するに柊みたいな言葉遣いで風早みたいに姫の世話をするような者のことか、と解釈し、”執事カフェ”とは執事を模した格好の者達の居る茶店だと認識した。
風早が考えているのは、更にその”もどき”であり、いつもとは違う服装と空間の演出で千尋の誕生日を祝う企画だとのことだった。
そう聞かされた忍人は、風早の趣向に従うことにした。柊とお揃いの服を着たりその口調を真似するのは面白くないが、自分だけがやるのでもないし、あらかじめ決められたこと以外は普段通りで良いと言う。破魂刀は佩けずともある程度は武器も携帯出来て部下も連れて歩けば危険もなさそうだし、と自分にいろいろ言い訳した挙句、とにかく千尋が喜んでくれるならそのくらいはしてもいいかと考えたのである。
そして当日、風早に言われるがままに執事の衣装に着替えて執務室を訪い、指示された通りの文言と動作で千尋の前に現れたのであった。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
そこには、風早や柊、遠夜までもが執事の衣装に身を包んで立っていた。
「わぁ~、凄く格好いい。皆、よく似合ってる」
千尋は大はしゃぎだ。
更に執事達の陰から布都彦と那岐が姿を現わすと、テンションは更に上がった。
「うわぁ~、メイドさんだぁ~。二人共、可愛いなぁ。あはは…布都彦の天然猫耳メイド萌え~」
「ああ、はいはい、どうも」
「陛下にお喜びいただけて嬉しく存じます」
投げやりな那岐に続いて大真面目に謝辞を述べた布都彦を、千尋は少しばかり不思議に思った。そこで、席に案内される際に、こそっと忍人に囁いてみる。
「布都彦……今回は、おかしな変換しないんですね。”冥途も絵”とか”名巴”とか…」
「ああ、それはもう、衣装合わせの時にやったからな」
「……なるほど」
やっぱりやったのか、と思うと何となく安心してしまう千尋だった。

「何だよ、これ!? 何で、僕がこんな格好しなきゃなんないのさ」
衣装合わせで、那岐は不満を爆発させた。
それもそのはずで、彼に用意されたのはメイド服だったのだ。
「だって、その方が似合いそうだし、千尋も喜ぶと思いますよ」
「嫌だよ。そもそも僕は、執事のコスプレだけでも不本意だったってのに……メイド服なんて絶対に着ないからね」
那岐がごねていると、お揃いの服を渡されていた布都彦が言う。
「冥途服?」
「あっ、そこ、また変な変換して……っていうか、それもっと嫌だ。シャレになんないじゃん」
すかさず布都彦に文句を言った後、那岐は風早に向き直った。
「僕に加えて、こいつもメイド服ってさ……顔はともかく、このガタイだよ。あんた、一体、何考えてる訳?」
すると風早は、平然と言って退ける。
「広い肩幅なんて、フリルでどうとでもバランス取れますよ。腰は十分に細いですし……何と言っても、この猫耳頭は執事よりメイドの方が千尋にウケること間違いなしです。猫耳メイド萌え~、ってね」
風早の言葉に、布都彦が首を捻った。
「冥途燃え?」
「だから、そこっ、変な変換するなってば! もうっ、最低限、”冥途”からは離れろよ」

しかし、「絶対に着ない」と言い張った那岐も、今はメイド服に身を包んでいた。
強情を張ろうにも、遠夜には勝てない。「着て……神子が喜ぶ…」とジッと見つめられれば、那岐も渋々とだがメイド服に着替えずには居られなかった。声なき遠夜の視線に晒されると、どうにも居た堪れなくなってしまうのだ。その気持ちは、忍人や柊にも痛いほどよく解る。
それでも、譲れない一線はあった。
「この格好してあげただけで僕からのプレゼントは終わりだからね。もてなしは、他の奴に言い付けなよ」
「うん、それだけで充分だよ。尽くしたくて仕方がない人がちゃんと居るのに、那岐に無理なんか言わないから安心して」
その点は、千尋もよく解っていた。その場には、千尋を喜ばせるだけではなく己の願望もあってこんな趣向を凝らした者が少なくとも 2人は居ること間違いなしだ。
忍人のエスコートで卓子のところまで進むと、柊が恭しく椅子を引き、腰かければ、すかさず風早が目の前の茶碗を果汁で満たす。
他の者は各々、既に飲み物が注がれていた茶碗を取り上げ、乾杯の時を待った。
「それでは……お嬢様、お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます」
風早の音頭に、忍人達は素直に唱和する。後は、彼らにとっては単なる立食パーティーだった。勿論、座れるところもちゃんと用意されているので、那岐は早々とその内の一つを占拠している。
「ささ、お嬢様。まずは、何からお召し上がりになられますか?」
「何でも好きなものを言ってください。俺達が取って来ますから…」
尽くしたくてうずうずしながら訊く風早達に、最初こそ千尋は卓子の上に並んだ料理を見回して「あれと、それと…」と答えていたものの、その内に自分も立ちあがって立食形式に移行する。
「うふふ……何か良いね、こういうの…。執事カフェとメイド喫茶とホームパーティーをまとめて楽しんでる感じがする」
千尋は風早と柊を従えて自由に歩き回り、皆との会話を楽しみ、改めて忍人の姿に惚れ惚れとし、大いに食べて飲んでそして笑った。
そうして千尋の誕生日の夜は和気藹々と更けて行き、風早流の執事カフェはまずまずの成功を収めたのであった。

-了-

《あとがき》

千尋のお誕生日のお話です。
元はと言えば、忍人さんに冒頭のアレをやって欲しかっただけなのですが…(^_^;)q
千尋をちやほやしたかった風早と柊が、趣味と実益を兼ねて皆を巻き込んだ形です。本当はホストのように尽くしたかったけど、それではまず賛同してもらえないので執事で手を打っています。衣裳は全部、風早と柊が各人に合わせてチクチク縫ったという設定です。

書いてる最中に何度も思いました。忍人さんや風早は執事に見えるだろうけど、遠夜は異国の御曹司で、柊は吸血鬼にしか見えないんじゃないかと…(^_^;)
でも、全員とても似合っていて、印象は違えども格好いいことだけは間違いないでしょう。
那岐も執事の恰好をすればそれらしく見えたかも知れませんが、布都彦の天然猫耳メイドの巻き添えで可愛いメイドさんとなりました。で、それがまた、凄く似合いそう(*^_^ ;)

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