小さな幸せ

「ん~、気持ちいい陽気だね~」
中つ国に居るかつての仲間達を引き連れて、近くの草原へとやって来た千尋は、緑の絨毯の上で幸せそうに大の字になった。
「千尋の幸せって、安上がりだね」
那岐が呆れたように零すが、千尋はサラリと聞き流す。
「ふふふ…こうやって皆でのんびりするのも、たまには良いものだと思わない?」
すると、風早達が口々に賛意を唱える。
「勿論、思いますよ」
「ええ、このような一時を過ごせるのも、我が君の治世が平和である証。誠に、喜ばしいことでございます」
「たまになら、悪くはない」
「はい、皆様方の仰るとおりです!」
「神子が幸せなら……オレも嬉しい…」

「わぁ~、凄い豪華なお弁当だね。これ全部一人で作るなんて、大変だったでしょう、風早」
野営さながらの設備で仕上げられ、所狭しと並べられたお弁当を見て、千尋は感嘆の声を上げた。
「いや、ははは…いくら何でも、俺一人では無理ですよ。忍人にも協力してもらいました」
「えぇっ、忍人さんにっ!?」
別に、忍人に料理が出来ることには驚かない。修業時代には交代で炊事当番を務めていたらしいし、柊とはまた違う意味で、その気になればいろいろ器用にこなすのは知っていた。だが、やれば出来ることと実際にやってくれることとの間には大きな隔たりがある。
「やっぱ、千尋の為となると、こいつも厨に入って手を貸す訳?」
「厨業までお見事とは、さすがは葛城将軍。この布都彦、感服いたしました」
那岐の驚きと呆れの綯交ぜになったような声と布都彦の尊敬に満ちたような視線に、柊が応える。
「確かに、我が君の御為とあらば忍人も大概のことは否やと言い難いでしょうが……それだけではありません。生地作りや包丁業は、結構容易く請け負ってくれます。特に、私がこの橿原宮に居る時は…」
それで那岐はほぼ得心した。
「何となく解った気がする。柊の嫌がらせで溜まりまくった鬱憤を生地や食材にぶつけてるってことか」
追って、千尋も納得がいく。
「ああ、成程。忍人さんは、生地を柊の代わりに、こねてこねて叩いて叩いて、引き延ばして打ち付けてまたこねて、叩いて叩いてぶっ叩いて、平たく伸したり千切ったりしてるんですね。あと肉や野菜も、柊を叩っ斬れない代わりに、細かく切り刻んで…」
「……………………否定はしない」
忍人がそうボソッと応えれば、何故か風早が我が事のように自慢げに言った。
「はい、その成果がコレです。どうです、この点心に万頭の数々。凄いでしょう?これ全部、忍人が鬼気迫る勢いで大量の生地を打ってくれたおかげです。具材も、とっても食べやすく仕上がりました」
ひたすら細かく、あるいは細く、またあるいは薄く。煮物用の具材以外は、忍人がその腕を如何なく発揮してくれた。そして忍人の鬱憤晴らしにならない煮物や揚げ物などは風早が担当したが、集中出来た分、そちらの仕上がりも良い。
「ん~、美味し~い」
千尋は本当に幸せそうな顔で、弁当に舌鼓を打つ。
「君のそういう顔を見ていると、俺まで幸せな気分になるな。君がそんなにも悦んでくれるなら、柊のことなど無くても、君のためにまた厨に入っても良いとさえ思えて来る」
そう言う忍人は、普段とは打って変わって柔らかな表情をしていた。
それを見て、那岐はしみじみと呟く。
「こいつの幸せも、結構安上がりだね」
だが、彼らのその安上がりな幸せは、同時にどれ程の金を積んでも手に入らない貴重なものであることは、那岐にもよく解っていたのであった。

-了-

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