「私が嘘をついたことがありますか?」
「数え切れぬ程あるだろう」
即座に返って来た忍人の言葉に、柊は首を傾げる。
「おかしいですね。それこそ数え切れぬ程あなたを騙しはしましたが、嘘をついたことは一度もないはずです。いつだって私は、言霊を汚さぬよう、言い逃れの利く言葉を選んで参りました」
「……っ…!」
「それ……嘘ついたのと同義だと思うけど…」
忍人は言葉を失ったが、脇からすかさずツッコミが入った。
声のした方を見ると、那岐が面倒くさそうに続ける。
「でもさ……葛城将軍って、昔はそんなに柊のこと信じてた訳?」
「誰が、こんな奴のことなど…」
「だって、数えきれないほど騙されたんだろ?」
騙されるには、まず信じなくてはならない。つまりは、何度騙されようともまた信じたから、数えきれぬ程騙されたのだろう。
「普通は、数回騙されたら、もう相手の言うことなんて絶対に信じなくなるもんなんじゃないの?」
「……こいつの言うことを信じた訳ではない。ただ、信じなくてもその言葉に従わざるを得ないような状況だったんだ」

「師君があなたに御用がお有りのようですよ」
そう言われて師の元を訪う度に、実は呼ばれてなど居なかったという結果が待っていた。
「別に用なんかないがねぇ……まぁ、折角来たんだし、ちょいと手伝っていきな」
ある時は、そうやって用を言い付けられた。あるいは、酒の相手をさせられる羽目になった。
「呼んだ覚えはないがねぇ……だが、ちょうど良かった。酒の相手が欲しかったところさ」
それで柊に文句を言ったところで、平然と言い返されるのだ。
「ですが、実際に御用はあったのでしょう?ならば、私は偽りなど述べてはおりません」

厄介なのは、これだけではない。
「崖下に、誰か倒れているようなんです」
助けるには降りる者と上から助成する者が必要で、降下する役は身軽な忍人が一番適している。
「何かが木に引っ掛かってるみたいなんです」
大事な物かもしれないし、他の者ではあんなに高くまで登れない。
そこで忍人は危険を冒して崖下に降りたり高木に登ったりするのだが、これが大概は何もない。そして、柊は「どうやら、私の見間違いだったようですね」など言って、その場を去ってしまう。
その結果、忍人がどうなるかというと、崖下や木の上に置き去りにされるのだ。勿論、崖をよじ登ったり木から降りたりするのに誰かの手助けなど必要とはしなかったが、問題はその場を師や道臣に見つかった場合である。
「何を危ない真似してんだい!」
「何やってんですか!?」
そうやって怒鳴られたり悲鳴を上げられたりして、柊の仕業だと弁明するまでが大変だった。
しかも、何とか信じてもらえたとしても、結局は「また騙されたのか」と呆れられる。

「いい加減にしろ!もう、その手には乗らん」
そう言って無視したり立ち去ったこともあった。
しかし、そういう時に限って本当だったりするから困るのだ。
「師匠の呼出しを無視するとはいい度胸じゃないか」
「どうにか助かったから良かったものの、見捨てるとはとんだ人でなしですね」
「あれは、千尋のお気に入りだったんですよ。何で、取って来てくれなかったんですか!?」
そんなことが何度かあると、もう、忍人は「どうせ、また嘘なんだろう」と思いながらも、その言葉に従わざるを得なくなったのであった。

那岐が呆れたように、しかし何処か感心したように零す。
「そりゃあ確かに、”ようだ”とか”みたい”って付けてれば、嘘にはならないんだろうけどさ……その方がよっぽど性質が悪いよね」
「そうだろう?だが、もう貴様の戯言になど惑わされるか」
しかし、忍人が何と言おうとも、千尋の意思は変わらなかった。布都彦の援護もあって、またしても柊の言葉に従って動く羽目になる。
そして結果としては、白虎の解放は成り、筑紫の霧は晴れた。
白虎の信と加護を得て、柊は勝ち誇ったように言う。
「だから、忠告してあげたでしょう。疑いは真実を見抜く目を曇らせますよ、と…。この反省を踏まえて、これからは私の言うこともきちんと聞くようにするのですよ」

-了-

《あとがき》

三章で柊を拾った時の会話で、柊の「私が嘘をついたことがありますか?」に対する忍人さんの「…………」は、実は改めて訊かれると嘘をつかれたことは無かったのか、あるいは有り過ぎて嫌な思い出が次から次へ甦って二の句が継げなかったのか。
LUNAは後者だと思っています。
ただ、嘘は言霊を穢す罪となるので、柊のことだから絶対に抜け道は用意しているだろうな、と…(^_^;)

indexへ戻る