お土産選びは大苦戦

忍人は、祭りの屋台の前で難しい顔をしていた。
「忍人さま、何かあったんですか?」
人波をかき分けて寄って来た足往を見て、忍人は少し安堵したような顔で振り返ると、次の瞬間、再び眉根を寄せた。
「……手と顔を洗って、出直して来い」
足往は慌てて回れ右すると、言われた通りにして出直して来たのだった。

「すすす、すみません、おいら……見回りがてら祭りを楽しんで良いって言われてたんで、串焼きを1本だけ…」
「構わん。串焼きの1本や甘酒の1杯くらいで仕事が疎かになるとも思えんしな。そもそも今の俺には、それを責める資格などない。ただ、タレが付いたままでは困ると思っただけだ」
忍人が何を言わんとしているのかよく解ってない足往の目の前で、忍人は色とりどりの大布を広げて見せた。
「えぇっと、この布に何か問題が…?」
「千尋にはどれが一番似合うと思う?」
カクンと足往の肩と膝が抜けた。
「忍人さま…………それを真剣に悩んでたんですかぁ?」

しかし、足往にも選ぶことは出来なかった。姫さまには、どれも良く似合いそうな気がする。
そこで二人揃って悩み続けていると、また一人、近くを狗奴が通りかかった。
「おや、忍人様。そのように難しいお顔をなされて……何かございましたか?」
そうやって次々と狗奴が寄って来ては、一緒に頭を悩ませることが繰り返され、いつしか大布屋の前は生きた毛皮で埋め尽くされていったのだった。

「そのように集まって、何をしている!?」
鋭い声と眼光に、狗奴達は一斉に背筋が伸びた。
「忍人様まで、そのように……一体、どうなさったのですか?」
「実は、その…」
事情を聞いた灰矢は、集まっていた狗奴達を追い払うと、忍人を屋台の前から少し離れたところに連れて行った。
「店の前でいつまでも悩まれては……ましてや、配下の者で店頭を埋め尽くしたりなどしては、営業妨害というものです」
「うぅっ……すまん」
「謝るなら店の方に…。いっそ、詫びも兼ねて全てお買い上げになられては、とお勧めしたいところですが……そうも行かないのでしょう?」
「ああ。それをやったら、間違いなく千尋に怒られる。あの大布は、最近邑娘達の間で流行しているちょっとした贅沢品らしいから……財にモノを言わせて民の楽しみを奪うなんて最低です、と目を吊り上げて怒る様子が目に浮かぶ」
そして、折角の贈り物は受け取ってもらえず、自分の身柄は風早か柊に引き渡されることになるだろう。恐らく、そのくらい千尋は怒り狂うはずだ。
「解りました。では、こちらで少々お待ちください」
「えっ、ここで…?」
「はい。残念ながら、自分も選別のお役には立てそうにありませんので、それが出来ると思われる者を呼んで参ります。ですから、くれぐれも、これ以上店の前で難しい顔をし続けたりはなさらないでください。祭りの雰囲気を壊したり商売の邪魔をしたことが知れても、姫様はお怒りになられることでしょう」
「それは、確かに…」
灰矢の言う通りだと思った忍人は、助言者が到着するのを大人しくその場で待つことにした。

「それでしたら、こちらが良いと思います」
「えっ、これか?」
太狼が差し出したのは、濃紺の地に染め抜きで文様の入った1枚だった。
太狼は台の上に所狭しと並べられた品々にザッと目を遣ると、忍人が最初から目もくれなかったそれを迷うことなく選び取ったのだ。
「濃紺の地に葛の染め抜きです。忍人様が姫様に贈るのに、これ以上に相応しいものがあるとお思いですか?」
濃紺は忍人を象徴する色、葛は忍人の姓である葛城に通じる。
「何でもお似合いになられる姫様に、どれが似合うかなどと考えても始まりません。それよりも、忍人様らしいものを贈られるのが得策でしょう。その方が姫様もお喜びになられる筈です。それに、こちらは邑人向けにしてはかなり良質の藍染です。色、柄、質と、共に揃ったこのような品は滅多にありません」
「解った。お前の言葉を信じよう」
太郎の進言を信じて、忍人はそれを買い上げた。

後に、忍人が迷いに迷っていた候補の中の青と緑の2枚は、それぞれ風早と柊の手によって千尋に贈られた。そして、それらは忍人の目にもかなり似合って見えた。
しかし、千尋は忍人が贈った地味な色の大布を一番喜び、何かにつけて誇らしげに身に纏って見せたのだった。

-了-

《あとがき》

祭りの見回り中、千尋への土産に良さそうなものを見つけた忍人さん。
頭に巻いたり、肩に掛けたり、腰に巻いたりと様々な用途に使える大判の布です。勿論、物を包むのにも使えます。
でも、千尋に似合いそうなものがいっぱいあり過ぎて、忍人さんはどれか一つに絞れません。忍人さんにとっては戦の方がよっぽど楽勝。そもそも、忍人さんにそういうセンスを期待する方が無理ってもんです(^_^;)

忍人さんが難しい顔してジッと何かを見つめていたら、そりゃ、問題発生かと思って狗奴達は寄って来るでしょう。で、一緒に悩んでいつの間にか店の前は狗奴ばかりに…。
それでは邑娘さん達は、店に近寄れませんよね(-_-;)

こんな時、一番頼りになるのは、やっぱり右腕の太狼さんなのでした(*^_^ ;)
でも、そんな太狼さんを呼びに行ったり、忍人さんや他の狗奴達を叱ってくれる灰矢さんも、伊達に左腕はやってません。センスを問うなら次狼さんでも良かったのでしょうが、どちらが丸く収まるかと言うなら太狼さんってことで、そちらを呼びに行きました。
おかげで千尋は大喜びです♪(*^^)v

indexへ戻る