守られるもの
遠夜と千尋が仲良く日向ぼっこをしながらお喋りに興じている姿を見ながら、風早は何度目かの溜息を付いた。
    「おや、どうかしたのですか?」
    通りすがりの柊に声を掛けられ、風早は答える。
    「遠夜が相手だと、どうしてか婿いびり出来ないんですよね」
    基本的には自分よりも千尋の幸せが大事な風早は、千尋とその想い人を応援して来た。それは時の輪が何度廻ろうとも、千尋の相手が誰であろうとも同じだった。ただ、時折無性に腹が立って、隙を見てつい千尋の夫の座に収まった者をいびってしまう黒い一面が顔を出す。風早は柊からそれを指摘されると、時の輪の中で繰り返し黒龍から受けた呪詛の残滓の所為だと言い訳しているが、何のことはない単なる嫉妬である。ところが、相手が遠夜の場合のみ、これまで何度その場面に遭遇しても全くいびることが出来なかった。
    「ああ、その気持ちは解る気がします。私も、遠夜が相手だとどうにも話に割り込めません。最初は言葉が通じない所為かとも思ったのですが……姫のお言葉から内容は推測出来ますし、遠夜の表情がある程度読めるようになってからも出来ませんでした。今など遠夜は普通に話せると言うのに、それでも話に割り込むことが出来ません。結界が張られている訳でも無いのに不可思議なことです」
    勿論、柊も風早同様、基本的には千尋の幸せを最優先して来たが、そこは生来の悪戯好きな性格から、何度生まれ変わろうと時空を超えようと、千尋の想い人への嫌がらせは抜かりなかった。忍人にはあからさまに、他の者にはこっそりと意地悪をして来た。それでも遠夜にだけは、何も出来なかったのだ。
    「微笑まし過ぎるからでしょうか?」
    「それを言ったら、相手が忍人でも布都彦でも微笑ましい光景だったのではありませんか?」
    そう言われて、風早はこれまでの記憶を手繰り寄せた。
    「確かに……あなたとアシュヴィン以外は誰が相手でも微笑ましかったです」
    「おや、私と我が君が結ばれた伝承があったのですか?」
    それが存在したなら、ぜひその際の時の分岐について聞いておかなくてはと意気込む柊に、風早は申し訳なさそうに首を振った。
    「残念ながら、俺も未だその結末には出会えていません。旅の中での二人の姿を知るのみです」
    「…そうですか」
    ならば仕方がない。これからも模索し続けようと柊は気持ちを切り替えた。
「やはり、あの独特の雰囲気に因るところが大きいのでしょうか?」
      「何だか遠夜には、苛めてはいけない雰囲気が漂ってますよね」
      身体は大きいのに、遠夜が醸し出す雰囲気はまるで小動物だ。反応も、純真素朴でとっても可愛い。今も、千尋の言葉に柔らかな笑みを浮かべたり、はにかんだような素振りを見せたりしている。その様子は、夫婦と言うよりも初々しい恋人のようだ。
      「苛めるよりも、何くれと手助けしてあげたくなってしまいます」
      「ええ、私も……こういうのも人徳と言うのでしょうか」
      他の相手ならば生暖かく見守る風早と柊も、遠夜だけは本当に暖かい目で見守ってしまう。
      二人は同時に溜息混じりに零した。
「まったく、同じ玄武の加護を受けていながら、どうしてこうも違うのでしょうね」
      遠夜と同じく玄武の加護を受けている忍人は、二人の目には身体は小さくても醸し出す雰囲気は肉食獣のように写っている。反応も、可愛いことは可愛いが、遠夜とは意味合いが違う。対なのだから、これはこれでバランスが取れているのだと言えなくもないが、それにしてもこの違いは何処から来るのだろうか。
      恐らくそれは、遠夜には親切にすると可愛い反応が返って来て、忍人には意地悪すると可愛い反応が返って来るからなのだと思う柊なのだった。
      「忍人からは苛めてオーラが漂ってますからね」
      「はは…さすがに、それは柊の気の所為だと思いますけど……ただ、忍人が一番いびり易かったことは確かです」
      思い返せば、一番付け込みやすくネタが豊富だった。
      「…何を話している?」
    背後から不機嫌な声がして、振り向くと見た目も不機嫌な忍人が立っていた。
忍人はどうやら話を聞いていた訳ではなく、漏れ聞こえた自分の名前と柊の様子から良からぬ相談をされていると思っただけだったと解り、二人はホッとした。
      忍人にだけは、この世界の理を知らずに居て欲しいと思う風早と柊だった。
      「はは…忍人も遠夜のことを可愛いと思いませんか?」
      「それは……思わなくもない」
      自分に比べて随分と立派な体格をしているのに、何故か庇ってあげたくなってしまうのは忍人も同じだった。
      「だが、それが俺と何の関係があるんだ?」
      「対の誰かさんと違って、純真で素朴なところが可愛いって話をしてたんですよ」
      だからそれが俺と何の関係が……と言いかけて、忍人はその”対の誰かさん”が自分のことだと気付いた。しかし、忍人はこの二人に可愛いとは思われたくないので、文句は言わない。
      「確かに、遠夜は純真で素朴で可愛いな。土蜘蛛から人間になっても充分過ぎるほど強いのに、つい手助けしてやりたくなる」
      今も忍人は、女王の身辺警護の名目で、遠夜が官人に難癖付けられないように二人を見守っていた。
      「忍人もですか?」
      「私達もなのですよ。あなたを見ていると苛めたくて堪らなくなって来るのに、遠夜を見ていると庇ってあげたくなるのです。一体、何故なのでしょうね」
      「健気で小動物みたいだからだろう」
      忍人は柊の発言の一部は意図的に無視することにした。どうせ文句を言っても、相手にされないどころか反って面白がられるだけだ。
      「しかし、そういう話なら、姫の寵愛を取られた風早が婿いびりをする心配はせずに済みそうだな。柊、お前もだ。間違っても遠夜を苛めるなよ。そんなことは姫が許さないだろうが……それ以前に、この俺が許さん。その時は、叩っ切ってやるから覚悟しておけ」
      そう言い置いて、忍人は立ち去った。
      残された風早と柊は驚いて顔を見合わせる。
      「もしかして、忍人の魂には俺にいびり倒された記憶が残っているんでしょうか?」
      「そうかも知れませんね。ならば、ここは一つ、間違わずに忍人を苛めることに致しましょうか」
      遠夜に姫の寵愛を奪われた恨みは、代わりに対に責任を取ってもらいましょう。耐性があるから大丈夫、と怪しく笑う柊とそれに同意した風早の向こうで、何も知らない遠夜と千尋は尚も微笑ましい様子で楽しそうにお喋りに興じていたのであった。
    
-了-
《あとがき》
遠夜が相手だとどうしても矛先が鈍る保護者と下僕。
    柊にすら、意地悪することに罪悪感を持たせてしまう遠夜は、やはりある意味最強?
    そして、とばっちりは全部忍人さんに…(^_^;)

