光射す

常世からの使者として現れたシャニから、千尋に縁談の書簡が差し出された。
常世の皇族と中つ国の女王ならば申し分のない話だが、そこに記された名前を見て千尋も狭井君も目を丸くした。
「前皇の庶子”トオヤ”…?」
「はい。父上と土蜘蛛の女性の間に生まれた、トオヤ兄様です。女王陛下のおかげで完全に人間になったそうですし、庶子とは言え先日出て来た父のお墨付きにより正式に常世の皇族として認められました。僕よりは下位ですけど、悪い話ではないだろう、と皇からのお言葉です」

公式の会見を終えて、千尋は改めてお茶会に誘って、昔の仲間達と共にシャニを取り囲んだ。
「ねぇ、あれってどういうことなの?”トオヤ”ってこの遠夜のことだよね」
「そうだよ」
シャニはあっさりと肯定した。
「本当に、遠夜はあなた達のお父さんと土蜘蛛の女性の間に生まれた子供なの?」
「うん、そういうことになったみたい」
何やら含みのある返答に、忍人がボソッと呟く。
「アシュヴィンが遠夜の身元を偽装したと言うことか?」
「やだなぁ、違うよ。黒い兄ちゃんは単純だね。アシュ兄様が、そんな見え透いた真似なんかするはずがないじゃないか」
無邪気な笑顔で「単純」と言われて、忍人は二の句が継げなかった。
「では、何があったんですか?」
風早に問われて、シャニはここに至るまでの経緯を話し始めた。

事の起こりは、根の宮で地震が起きて石垣の一部が崩れたことだった。
その崩れた部分の隙間に、竹簡が挟まっていたのだ。
紐解くと、そこには前皇の筆跡で土蜘蛛の”トオヤ”が自分と土蜘蛛の間に生まれた子供だと記されていた。勿論、スールヤの署名も入っていた。
生まれた子供は言葉が話せないので、森の奥で密やかに暮らす方が良いかも知れないが、行く末を天の采配に委ねようと思う。この竹簡が発見されるかどうか、発見した者達がどう処理するか、それぞれ賽がどのような方向へ転がろうとも全て天に任せる。そう記されていたのだ。
そして、竹簡は発見され、見つけた者は直ちにアシュヴィンに報告した。
筆跡や文体を見比べたり、墨の付き具合を吟味した結果、不審な点は見当たらなかった。

「それでアシュ兄様は、このお兄ちゃんが父上の庶子だって認めることにして、お姉ちゃんとの縁談のお遣いを僕に命じたんだ」
シャニが来ることで、常世がこの話にかなり力を入れていることや遠夜の後ろ盾がしっかりしていることをアピールする狙いだった。
「こんな時期にこんなものが出て来るなど、誰かの作為を感じるような気がしてならないが、龍の姫の笑顔が見られて縁続きにもなれるのならば、それも悪くはない」
アシュヴィンがそう言って笑っていたと聞かされて、千尋達は皆、この場に居らず今も何処ぞをフラフラしている隻眼の軍師の顔を思い浮かべた。
「僕も、お姉ちゃんが義姉様になってくれるなら大歓迎だよ。このお兄ちゃんも大好きだから、本当に血が繋がってるかどうかなんてどうでもいいよ」
シャニはニッコリ笑って、千尋と遠夜の手を取った。

常世の皇とその弟の後押しが効いて、ついに遠夜は王婿に迎えられることとなった。そのついでに、千尋の専属薬師の座も勝ち取った。
出自を楯に反対していた狭井君も常世との友好関係を強める為にも認めざるを得なくなり、元土蜘蛛で今人間と言う得体の知れない爪弾き者からの大躍進である。
婚儀にはアシュヴィンとシャニもやって来た。皇族が揃って来てしまって良いのかと千尋は少々不安にもなったが、そこは信頼出来る側近と黒麒麟の足でどうにでもなる、と自信たっぷりに一蹴された。
「これからは、俺もお前の名を呼べるな」
アシュヴィンは嬉しそうに千尋の名を呼ぶと、そっと頬に口付けた。
「あっ…」
遠夜は驚いて千尋を抱き寄せた。すると、シャニも千尋に屈むように手を振って、反対の頬に口付ける。
「義姉様、結婚おめでとう。早くお姫様を沢山産んでね。大きくなったら、僕のお嫁さんにするんだ」
千尋も遠夜も困ったように笑った。アシュヴィンは勿論のこと、シャニもお墨付きのことは全く信じていなかったことが良く解る。
「ふん、千尋とその娘をどちらも義妹にというのも悪くはないが、早ければ俺の后にも間に合うかも知れんな」
皇族ならば、その程度の年の差婚もありだ。
すると、千尋はアシュヴィンをバシバシ叩いた。シャニに無邪気な笑顔で言われたならともかく、アシュヴィンに言われると、どうにもからかわれているように思えてならない。
「もうっ、アシュヴィンったら、すぐそうやってからかうんだから…」
「俺は本気だぞ。もっとも、お前と同じかそれ以上のいい女に育ったらの話だがな」
すると、遠夜が柔らかい笑みを浮かべて静かに語った。
「……オレと千尋の子が幸せになれるなら……歳も身分も関係ない。アシュヴィンが幸せにしてくれるなら……それも良い。選ぶのは……子だ。オレは……吾妹にも子にも……幸せになって欲しい。吾妹は……オレが幸せにする。子は……幸せになれる相手を……子が選ぶ。だから、千尋……オレは千尋の子がたくさん欲しい。たくさんの幸せが……オレとお前の周りに満ち溢れるように……」

-了-

《あとがき》

遠夜が王婿になれるお話を書いてみました。
住所不定・無職で元土蜘蛛が正式に女王と結婚するのって、メチャクチャ難しそうなので、基本は駆落ちか内通だろうと思うのですが……あの人なら「こんなこともあろうかと…」とずっと前から細工の一つや二つと言わず十も百もしていたところで不思議ではない気がします。そして、必要な時に都合よく出て来るように仕込みに行く(^_^;)
千尋のことが大のお気に入りな常世兄弟も味方につけて、めでたく婿入りする遠夜でありました。

それにしても、うちの遠夜はメイン創作だと途端に動いてくれなくなりますね。尽くすタイプのイメージがあるので、忍人SSだとひょっこり現れてせっせと働いてくれたりするんですが……自分の為には動かない。その分、周りが手を貸してあげたくなる。
最後にやっと長めの台詞を入れられて、どうにか遠夜SSの面目躍如?(^_^;)

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