眠れる森の美女

昔々あるところに、そこらの姫よりも美しい青年が居ました。
名は、葛城忍人と言いました。
彼は、呪いと既定伝承によって、その未来を縛られておりました。
呪いは『死は乙女の姿で汝に舞い降りる』というものでした。
そして既定伝承には『忍人、賊を討ち果たし、王の演説の声に包まれて深き眠りにつく』と記されていました。

ある日のことです。忍人は水辺で一人の少女と遭遇しました。
「この弓は君のものか?軽率だな。俺が敵なら今頃君は死んで……」
「きゃ~、いや~っ!!」
少女の悲鳴と共に忍人の手の中から弓が消え、次の瞬間、天から矢の雨が降り注ぎました。
忍人は、それらを必死に避けたり叩き落として辛うじて致命傷を負うことは逃れましたが、悲鳴を聞き付けた風早によって危うくトドメを刺されるところでした。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!! お願いですから死なないでください!」
死にかけた忍人は、変若水の力でどうにか命を取り留めました。
「あっ、良かった、気が付いたみたい。……大丈夫ですか?」
「……ああ…」
九死に一生を得た忍人は、「あの呪いはこのことだったのだろうか」と零しました。

それからしばらくして柊は、風早から忍人が死にかけた話を聞いて、言いました。
「それは何とも、勇ましい姫にご成長なされたものです」
そして、柊はひらめきました。
「定められた事象は変えられずとも、解釈を変えれば結果は変えられるのやも知れません」
既定伝承に記された文言は、『忍人、賊を討ち果たし、王の演説の声に包まれて深き眠りにつく』です。”深き眠りにつく”のであって”死す”でも”生涯を閉じる”でもありません。
「ふふふ…ならば私が、御伽噺の最後に控えし妖精よろしく、死の運命を捻じ曲げて見せようではありませんか」

そして、いよいよ運命の日がやって来ました。
千尋の即位式の陰で、忍人は単身で賊共を討ち果たし、薄れゆく意識の片隅で千尋の演説に耳を傾けていました。
すると、突然、鼻と口に香を強く焚き染めた布が押し当てられました。
「これでよし、と…」
一気に忍人を眠らせた柊は、遠夜から変若水を受け取ると満足そうに微笑みました。

「……で、本当に忍人さんは大丈夫なの?」
「ええ。呪いの根源である破魂刀は生太刀に変わりましたし、ちゃんと既定伝承のとおり、賊を討ち果たして我が君の声を聞きながら深い眠りに落ちましたから……これで全ての呪いや運命から解き放たれたはずです」
その証拠に、変若水は効いたと見えて、容態は良好でした。
しかし忍人は、とっくに香の効果は醒めているはずなのに、一向に目を覚ます気配がありませんでした。
その様子を見て、遠夜が言いました。
「……呪いの残滓が……渦巻いている…」
「じゃあ、どうしたら良いの?」
千尋の問いに、柊が答えました。
「我が君の神気を注ぎ込んで、内部の呪気を祓ってやってくださいませ」
「どうやって…?」
「もちろん、キスを介して…です」
「わかった、キスだね」
千尋は迷わず、眠っている忍人にキスしました。
「……って、千尋…そんな、あっさりと……恥じらいとか無いんですか?」
あまりの思い切りの良さに風早は嘆きましたが、柊は冷ややかに言いました。
「もし姫に恥じらいが無いのだとしたら、それはあなたの育て方の問題でしょう」
勿論、千尋には恥じらう心はありました。それを持ち合わせていなかったなら、あの時半狂乱になって忍人に矢の雨を浴びせたりはしていません。ですが千尋は、忍人を助けるのに人目を気にしてなどいられませんでした。
千尋は自分の気が忍人に流れ込むよう祈りながら、しっかりと唇を重ね合せました。

キスに慣れない千尋が息苦しさを覚えて来た頃、忍人が目を覚ましました。
忍人は慌てふためき、叱りつけ、それからたくさんの感謝と愛を告げました。そうして、千尋と共に末永く幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。

-了-

《あとがき》

キャラあて込みの御伽噺もどきです。
「眠れる森の美女」と言いながら、茨の森は出て来ないし、眠っているのは美女ではなく忍人さん(^_^;)
スリーピングビューティーには違いないと思いますけど…。

ちなみに柊が遠夜から受け取った変若水をどうしたかは……まぁ、お約束ってことで…(*^_^ ;)

indexへ戻る