三匹の子ブタ

昔々あるところに、3人の青年が居ました。
彼らの名は、柊、風早、忍人といいました。彼らは岩長姫の弟子として、皆、師の元で暮らしていました。

ある日、岩長姫が言いました。
「お前さん達も、そろそろ自分の家を持っても良い頃かねぇ」
そこで3人は、それぞれ自分の住処を構えることになりました。

柊は藁、ではなく布の家を建てました。要するにテントです。その日の気分で、お気に入りの数ヵ所を転々としながら暮らしていました。
「一つ所に留まるのは性に合いませんし、ひとまず当面の雨風が凌げれば充分ですよ」
そんな生活が定着して来たある日、岩長姫が訪ねて来ました。
「また、随分と手抜きしたもんだねぇ。まぁ、いいさ。引越の祝い酒を持って来てやったよ。一緒に飲もうじゃないか」
柊は素早く背後の布の合せ目から抜け出すと、遁甲してその場から逃げ去りました。
取り残された岩長姫は、ブツクサ言いながら一人で飲み明かしました。

風早は、小高い丘の上に木の家を建てました。
そこへ、柊が逃げ込んで来ました。
「俺の自慢のログハウスへようこそ」
「ログハウスと言えば聞こえは良いですけど……これはどう見ても、立派な馬小屋ですよね?」
「……せめて、麒麟小屋と言ってください」
どうやら、風早もこれが家ではなく馬小屋に見える自覚はあるようでした。
「果たして、このような家屋で師君の訪問を拒めるかどうか、かなり不安ですね」
「ははは……幾ら先生でも、戸や壁をたたき壊してまで押し入ろうとはしないでしょうから、きっと大丈夫ですよ」
そんな風に笑っていると、岩長姫がやって来ました。
「風早!柊も居るんだろう。引越の祝い酒を持って来てやったよ。とっとと開けな」
二人が息を潜めていると、岩長姫はガタガタと戸を揺すりました。
「……ったく、立てつけの悪い戸だねぇ」
立てつけが悪いのではなく閂をかけてあるだけなのは岩長姫にも解っていましたが、構わず揺すり続けました。風早が観念して開けるのを狙っていたのです。風早も柊もそれが解っていたので、事態は根競べとなりました。
その根競べは、戸が外れたことによって均衡を破られました。
師の来訪を拒み切れなかったことを悟った二人は、裏口から抜け出すと、遁甲して逃げ去りました。
岩長姫は、またしても一人で飲み明かしました。

忍人は、峠の近くに石の家を建てました。
忍人の元へと逃げ込もうとした柊と風早は、想像以上に頑丈そうな建造物を見て、期待と不安を抱きました。
「……これって、家なんでしょうか?」
「ちょっとした小城のようですね」
その外壁と重々しい扉は岩長姫の襲撃にも耐えられそうでしたが、反面、風早達の来訪をも拒んでいるようでした。
とりあえず二人は、扉横の「引け」と書かれた札の付いた縄を引き、中に向って声をかけてみました。
「忍人~、居ますか~?開けてくださ~い」
何度かそれを繰り返すと、壁に取り付けられた竹筒から子供の声が聞こえてきました。
「誰だ?」
「あの……ここは忍人の家だと思ったのですけど…?」
当惑する二人に、子供は答えました。
「そうだぞ。ここは忍人さまの家だ。おいら、留守番してるんだ」
二人は顔を見合させると、柊は竹製インターホンに向って言いました。
「私達は忍人を訪ねて来たのです。忍人が帰って来るまで、中で待たせてはもらえませんか?」
「ダメだ。おいら、留守番だからな、勝手に入れたら叱られる。忍人さまから、相手が誰であろうと絶対に自分の許可なく戸を開けるなって、よくよく言い遣ってるんだ」
そう言うと、子供は奥に引っ込んでしまったようで、もう声がしませんでした。
仕方なく、二人はその場を離れました。

「足往、帰ったぞ」
「はい、忍人さま。お帰りなさい。すぐに開けます」
忍人を迎え入れた足往が戸口にしっかりと閂をかけ直すと、突然、忍人の背後に風早と柊が出現しました。
「あっ、お前ら……」
「…………っ……!」
忍人には、まとめてこの二人を相手取ることは出来ませんでした。
「ふふふ……子供一人に留守番させておいて長々と留守にはしないだろうと思いましたが、案の定、早々に帰って来ましたね」
「遁甲して張り込んでた甲斐がありました」
二人は、立ち去ったと見せかけて、遁甲して家の前で待ち構えていたのでした。
「忍人さま、こいつら一体、何者なんですか?」
「私達は、忍人の兄弟子です。忍人からは、常に”一応”を付けられてしまいますけど…。あなたの方こそ、何処の何方で、忍人とはどのような関係なのですか?」
「おいら、足往だ。最近まで近くの狗奴の邑で皆に面倒見てもらってたけど、今は忍人さまの養い子……で良いんですよね、忍人さま?」
「ああ」
早くに親を亡くした足往は、邑の大人達に育ててもらって、忍人の家造りの手伝いにも来ていました。
この家を守るにあたり、忍人と狗奴達は考えました。扉を開ける前に訪問者を確認出来るよう、鳴子の呼鈴を付け、竹筒のインターホンを作りました。頑丈な閂も取りつけました。
忍人が出掛けている間、中から閂をかけて留守を守る者も必要とされました。
そこで白羽の矢が立ったのが足往でした。足往は忍人にすっかり懐いていましたし、大人達と違って他の仕事もありませんでした。
留守居役を務めることになった足往は、便宜上、忍人の養い子として同居することになりました。
強引に上がり込まれて、忍人は悔しがりました。
「造りも仕掛けも強固にしたはずだったのに……」
「ええ、本当に頑丈そうですね。これなら、きっと、先生の攻撃にも耐えられるでしょう」
忍人は、そこで師を引き合いに出されたことに軽く首を捻りながらも、こう応えました。
「師君を敵に回した覚えはないが……おそらく、かなり持ちこたえることは出来ると思う」
それを聞いて、風早も柊も大喜びしました。

夜になると、岩長姫がやって来ました。
「開けな、忍人。引っ越し祝いの酒を持って来てやったよ。どうせ、あいつらも居るんだろう。ちょうどいい、全員まとめて祝いの宴といこうじゃないか」
忍人は竹筒に向って応えました。
「お気持ちだけ有り難く頂戴致しますので、祝い酒の中身はどうか御一人でお楽しみください」
忍人にまで拒まれるとは思っていなかった岩長姫は怒り出しましたが、忍人は懸命に耐えました。
岩長姫は、竹筒のこちら側を塞いでも聞こえるくらい怒鳴り続け、扉をドカドカと殴る蹴るなどしましたが、堅固な扉は風早の家の木戸のようには行きませんでした。
忍人は竹筒の蓋を外すと、縋るように言いました。
「お願いですから、どうかお帰りください。御無礼は重々承知しておりますが、俺は、外に居られる師君のお怒りよりも中に居座る風早達の方が恐ろしい。今逆らえば、どんな酷い目に遭わされることか……」
何しろ、岩長姫との間には頑丈な扉や壁がありますが、風早達との間には何もない上に二人掛かりです。忍人には、二人の手から逃れる術はありませんでした。
「おや……敵の憐憫に訴えかけるとは、忍人にしては珍しい作戦ですね。まぁ、そんなつもりはなく、単に本音がダダ漏れしただけなのでしょうけれど……」
「ははは……嫌だなぁ、忍人。俺が何をするかなんて、今更言わなくたって、よく解ってるでしょうに…。ええ、ここで先生の側につこうものなら、当然、百叩きです。勿論、足往も見ているところで……お尻丸出しで、きっちり100回、思いっ切り叩いてあげますよ」
「うぁ~、おいら、そんな忍人さま見たくないぞ~」
その声も竹筒を通して岩長姫の耳に届いたのでしょうか。忍人の哀願に応じて、岩長姫は引き上げてくれました。

「いや~、本当にこの家は頑丈ですね。先生の攻撃に耐え抜きましたよ」
「ふふふ……あなたのところの根性なしの木戸とは比べ物になりませんね」
岩長姫の撃退に成功して、柊と風早は上機嫌でした。
「これからも、この調子でお願いしますね」
「はぁ?」
朝になったら出て行ってもらおうと思っていた忍人は、驚きの声を上げました。
「これからも……?」
「はい。実は、俺達、先生の襲撃を受けて家を壊されちゃったんですよ」
「ですが、幸い、ここは広さも充分あるようですし……この際ですから、ここに一緒に住まわせてもらいます」
あっさり言われて、忍人は叫びました。
「嫌だっ!! 夜が明けたら、とっとと出て行け!」
風早はニッコリ笑って言いました。
「あれぇ、忍人……逆らうつもりですか?」
忍人の喉が音を立て、全身から冷や汗が吹き出しました。
「心配しなくても、一生居座ろうだなんて思っていません。家を建て直したら出て行きますよ。柊もちゃんと連れて出ます。あなたを見習って今度は石の家を建てるつもりだから、結構時間が掛かっちゃうでしょうけど……ここに居る間は、家事全般やってあげます。だから、しばらく同居させてくださいね」
「同居中、私達を閉め出そうなんて考えない方が身の為ですよ。あなた方だって、一生この家に閉じこもっている訳にはいかないんですから……閉め出そうものなら、次に扉を開けた時にでも乗り込まれるか引きずり出されるかして、風早から強かにお仕置きされるのがオチですからね」

新しい家が完成すると、風早は約束通り柊を連れて出て行ってくれました。
忍人と足往は、どんなに防御を固めたところで内部に入り込まれたらお終いなのだという教訓が、その身に深く刻み込まれました。
その反省を胸に、それからは仲良く平穏に暮らしました。
めでたし、めでたし。

-了-

《あとがき》

キャラあて込みの御伽噺もどきです。
一応、御伽噺のお約束ということで「めでたし、めでたし」で終わってますが、忍人さんにとっては全編通じてめでたくありません。まぁ、一応、最後には平穏な暮らしを取り戻したから、シメはめでたくないこともないんですが…(^_^;)

相変わらず、うちの忍人さんは風早の脅迫に弱いです。
「桃太郎」の時は千尋の命が懸かってたので忍人さんを脅した風早でしたが、今作では自分の身の安全が懸かっていたのでまた忍人さんを脅しました。何しろ、風早は殆どお酒飲めないから…。

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