桃太郎

昔々あるところに、とても老齢とは思えない程に元気なおばあさんと、全然歳を取らないように見える弟子の青年が暮らしていました。
おばあさんの名は、岩長姫。青年の名は、風早と言いました。

ある日のこと。岩長姫は山へ猪狩りに、風早は川へ洗濯に出掛たところ、川の上流から桃ではなく葦船が流れて来ました。
目の前を流れ去った葦船の中に二人の赤ん坊が乗せられているのを見て、風早は慌てて追いかけて葦船を引き上げました。
「ちょっと、そこで大人しく待っててくださいね」
風早は急いで洗濯を終えると、女の子を胸元に、男の子を背中に括り付け、空いた葦船に洗濯物の山を乗せて引き摺って帰りました。

家の近くまで帰り着いたところで、近所に住む狗奴のおっちゃんと会いました。
おっちゃんは事情を聞くと、「一人は自分が面倒を見よう」と言ってくれました。
そこで風早は、男の子の方をおっちゃんに渡しました。
女の子は千尋、男の子は那岐と名付けられ、それぞれの養い親の愛情に包まれて健やかに成長しました。

それから17年の時が流れ、邑は度々、鬼の襲撃を受けるようになりました。
鬼の首領の名はレヴァンタと言い、邑を襲って金品を奪ったり人を攫ったりと無法の限りを尽くしていました。
邑では岩長姫を中心に自警団を組織して対抗しましたが、それでも全ての被害を喰い止めることは出来ませんでした。
足往が連れ去られ、その場に居合わせた狗奴のおっちゃんが重傷を負いました。
「もう絶対に許せな~い!」
その千尋の一言で、風早と那岐は一緒に鬼退治に行くことになりました。

邑の外れまで行くと、見回り中の忍人が居ました。
事情を聞いた忍人は呆れたように言いました。
「軽率だな。たったの3人で何が出来る?無駄に命を散らすだけだ」
「ははは……嫌だなぁ、忍人。3人だけで行ったりしませんよ。邑のことは先生に任せて、あなた方も一緒に来てください」
「えっ、俺達も……?」
風早は、驚く忍人の肩をガシッと掴むと、ニッコリ笑って言いました。
「3人だけでは無駄に命を散らすだけなんでしょう?それが解っていて同行を拒むのは、俺達を見殺しにするってことですよ。そんな悪い子にはお仕置きです。さぁ、選んでください、忍人。素直に俺達の鬼退治に手を貸すのと、皆の前で剥き出しのお尻を俺に打擲されるのと、どっちが良いですか?」
忍人は目を瞬かせて、問い返しました。
「…………それって、二択なのか?」
すると風早は平然と言って退けました。
「前者を選んだ場合は、無駄に痛くて恥ずかしい思いをしなくても済みますし、後者を選んだ場合は……足腰立たなくなってもまだ気が変わらなければ、鬼退治に同行しなくても済むようになります。だから、ちゃんと二択でしょう? さぁ、どっちにします?」
千尋は驚きのあまり絶句し、那岐は呆れた声音で零しました。
「あんたの方が、よっぽど鬼だね」
忍人は大きく溜息をつくと答えました。
「……わかった、一緒に行こう。相手を斬り捨てられる分、鬼退治の方が遙かにマシだ」
脅迫に屈した忍人は、狗奴の精鋭を引き連れて、千尋の供となりました。

しばらく行くと、またしても風早が見知った顔を見つけて声をかけました。
「柊、あなたも一緒に来てくれませんか?」
しかし、柊は申し訳なさそうに誘いを断りました。
「今の私は、あちらに雇われる身。そう簡単に寝返る訳には参りません」
「なっ……貴様っ、鬼に雇われるとは、何処までも見下げ果てた奴だな!」
忍人は激昂しましたが、それを抑えて風早は言いました。
「残念ですね。今すぐ一緒に来てくれたら、千尋に手ずから吉備団子を食べさせてもらえるよう取り計らうつもりだったのに……」
途端に、柊は千尋の前に片膝を付いて、恭しくその手を取りました。
「この柊は、只今この時より、あなたの忠実なる下僕。どうぞ、何なりとご命令ください……我が君」
あっさり寝返った柊は、そのあまりにも早い転身振りに呆れる那岐と忍人の前で、千尋に手ずから「あ~ん」と吉備団子を食べさせてもらって大喜びしました。

レヴァンタの邸の近くまで来ると、お腹を空かせて座り込んでいる日向の民が2人居ました。
「お嬢さん、何か食い物なんて持ってない?」
「…………あるなら分けてもらいたい」
その2人――サザキとカリガネ――は、千尋が差し出した吉備団子を夢中になって食べました。
「いや~、上手かったな~。助かったぜ。ありがとな」
「…………これは、どうやって作るのだ?」
すかさず、風早が言いました。
「今は説明している時間がないので、鬼退治を手伝ってくれたら、後でゆっくり作り方を教えてあげます」
「…………手伝おう。サザキ、お前も来い」
吉備団子の作り方で懐柔されたカリガネは、サザキを連れて仲間に加わりました。

サザキとカリガネが上空から石を投げ落として見張りを引き付けている間に、千尋達はレヴァンタの邸に乗り込みました。
内部に精通した柊の案内で一気にレヴァンタの元へと進み、時折遭遇した敵は忍人と狗奴達があっさりと倒しました。
追い詰められたレヴァンタは逃げようとしましたが、千尋の援護を受けた那岐の攻撃がそれを許しませんでした。
「神の御息は我が息、我が息は神の御息なり」
レヴァンタの身体は一気に消し炭と化しました。
その手でおっちゃんの仇を取れた那岐は、満足そうに微笑みました。

柊が邸中の鍵を破って周り、千尋達は囚われた人々を助け出し、ついでにレヴァンタが溜め込んだお宝も見つけ出して全て邑に持ち帰りました。
それからは皆で仲良く幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。

-了-

《あとがき》

キャラあて込みの御伽噺もどきです。
ふと吉備団子のやり取りシーンが浮かんで来たので、書いてしまいました。

以前、「忍人の書」で赤ずきんネタを書いてから、他の御伽噺や童話なら彼らはどんな配役になるだろうかと時折考えることがあったのですが、そんな中で話が膨らんで出来た桃太郎です。
ポスト犬は、やっぱり忍人さんと狗奴さん達だろう。
そして猿は、知恵が回るってことで、柊だろう。
では雉は……羽があるからサザキとカリガネ?

結果として、うちのキャラ達の特徴がかなり強く表れた作品となりました。
忍人さんは風早の脅しに弱いし、柊は千尋を餌にすると簡単に釣られるし、カリガネは新たなレシピに目がないし、サザキは食い意地が張っています(*^_^ ;)

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