新生活は我侭に

豊葦原から日本へと流れて来た千尋、風早、那岐の3人は、従兄妹として生活を始めた。
しばらくすると、こちらの世界に馴染んで来た那岐がふと零す。
「何で、全員従兄妹同士なんかにしたんだよ? こういう場合ってさ、僕と千尋は従妹か親の再婚による義兄妹で、風早は叔父ってのが相場なんじゃないの? 兄さんとか姉さんとかの忘れ形見を引き取って一生懸命育てるって方が、世間では受けが良いらしいよ」
「何言ってんですか、那岐。この世界の法律では、従兄妹同士は結婚出来ても、叔父と姪の結婚は認められないんですよ。そんな、自分から千尋との恋愛フラグを消すような真似……俺は絶対にしませんからね」
豊葦原に戻る日が来ることは重々承知しているものの、それでも自分から可能性をなくすことだけはしたくない風早だった。

税金を収めなくて良いギリギリの預貯金をそれぞれが――それと風早は古い一戸建ても――相続したことにして、そこそこ大きな会社から遺族年金を詐取して、と風早は関係者の記憶を操作して生活基盤を作り上げた。
苦しい台所事情も何のその、風早は懸命に千尋を育て上げる。那岐はそれを手伝いながら、自分でそれなりに成長していった。
そして、晴れて千尋と那岐は風早の勤める高校へと進学すると、風早は毎日が楽しくて仕方がなかった。
ただ、年頃になって来ると少しばかり困ったことも起きる。
千尋が豊葦原に居た頃の様に内気ではなく、素直で明るい気さくな性格になったのは良いのだが、それだけに結構モテるのだ。
「あのさ…葦原さんって、今、好きな人なんて居るのかな?」
今日も校内では千尋が、風早の監視を間一髪で潜り抜けた男子生徒から声を掛けられていた。
「あれは、何年何組の誰でしたっけ? 俺の千尋に手を出そうだなんて、いい度胸ですね」
しかし、風早が出て行くよりも前に千尋があっさり答える。
「居るよ」
「えっ、居るの?」
件の男子生徒とほぼ同時かそれよりも早く、風早は「居るんですかっ!?」と心の中で叫ぶ。
「だ、誰? 差支えなかったら、その人の名前を…」
「風早と那岐」
即答する千尋に、風早は陰で小さくガッツポーズをし、男子生徒は脱力する。
「いや、そういう好きな人じゃなくてさ…」
「でも、風早達より好きな人なんて居ないし、興味もないもん」
あっさり切って捨てられて、相手はそれ以上何も言えなかった。
「あっ、他に用がないなら、もう行くね。私、今日、夕食当番だから早く帰らなきゃいけないんだ」

勿論、モテたのは千尋だけではなく、風早や那岐もだった。しかし、風早も那岐もまるで取りつく島がない。
そうなると、彼女達が頼る先は千尋となる。
「良かったら教えて欲しんだけど……那岐くんって、何が好きなのかしら?」
「風早先生の好きなものって、何なのか知ってたら教えて」
訊かれた千尋はその度に「二人共、本当にモテるなぁ」と思いながらも、これまた正直に答える。
「那岐が好きなものは茸だよ」
これは問題なかった。相手は礼を言って去って行くだけだ。問題なのは風早の方である。
「風早が好きなのは、えぇっと……私かな」
これには相手が面食らう。
「風早はね、八方美人に見えて実は千尋のことしか考えてない、って那岐が言ってたよ」
千尋を中心に世界が回っている男、それが風早である。
「あなた達ってそういう関係なの?」
「そういうって、どういう関係?」
そう訊き返された女子生徒の方が返答に困る。寧ろ、この状況に慣れている千尋の方が平然としていた。相手がどう思っているかは未だに不明ながらも、いつものようにこう続ける。
「風早と私は従兄妹だよ。でも私にとっては、親みたいなものかな。歳の差はあんまり無いんだけど、ずっと育ててもらって来たし…」
高校になって面子がガラッと変わっているので、千尋達の家庭の事情(設定)はあまり知られていなかった。知っている者が居たとしても大声で吹聴するようなことで、知らぬ者が多いのも致し方あるまい。
不思議そうな顔をする相手に、千尋はケロッとした顔で慣れた調子で事情を語る。
「私と風早と那岐は従兄妹同士で、4年前に一緒に両親を亡くしたの。何か、親族の集まりの時に事故があったとかで……もっとも、私はその頃より前の記憶はないんだけどね。お医者さんからは、ショックで全部忘れてしまったんだろう、って言われたみたい。私達は大人の邪魔にならないようにって風早が遊園地に連れ出してくれてたおかげで難を逃れた、って聞いてるよ。で、その後はずっと風早に面倒見てもらって来たの」
こうなると、相手はもう居た堪れない気分になって去って行く。
そして千尋の話した内容は、彼女らが所属するクラブやグループ内で密かに共有されるのであった。

そんなモテる二人のバレンタインデーは、或る意味、勝負の時だった。
「いや~、今年も大量ですよ~♪」
お手製大布袋に加えて大風呂敷にも大量のチョコレートを詰め込んで、上機嫌で風早が帰って来た。
「見てください、これ……高級トリュフに、限定品の生チョコがこんなに沢山。はは…最近の女子高生って随分とお小遣い貰ってるんですね。変なバイトとかしてないと良いんですけど…」
生徒や同僚や商店街のおばちゃん達からの貰い物を次々と披露しながら、風早は賞味期限や再加工の可否などで分類していく。
「今年も、これで当分はおやつに不自由しませんよ」
世間から異常視されない程度の倹しい生活の中、この季節は風早達にとって、普段は味わえないような物を千尋に食べさせてあげられる貴重な時期だった。
「那岐の方はどうでした?」
「今年は不作」
那岐はあからさまに渋い顔で、自分の分の風早お手製大布袋をドンと置く。
「……ったく、誰の仕業か、大量のキノコの山だよ」
「えっ、茸は那岐の大好物でしょう? そりゃあ、あんまり大量に貰い過ぎて食べ切れないんじゃ困るかも知れませんけど…」
袋1つで持って帰れたくらいの量なら充分に捌き切れますよ、と言わんばかりの顔をする風早に、那岐は苛立ったように答える。
「大量の『キノコ』の山なら歓迎だけどさ……『キノコの山』は勘弁して欲しいね」
袋の中から転がり出たのは、様々なラッピングの残骸と大量の『キノコの山』だった。ごく一部、本物の茸を贈った勇者が居たようだったが、本当にそれはごく一部でしかない。
「いいじゃないですか。結構日持ちしますし、宿題や試験勉強のお供には重宝しますよ」
そう言いながら仕分けを続けていた風早は、突如、感動に打ち震えた。
「こ、これはっ!! 板チョコを模したギフトボックスの中にお米券がこんなに沢山…。贈り主は……3年生の有志一同ですね。いやはや、この歳でこれだけの気遣いが出来るとは、何と素晴らしい!」
「……どこまで、うちの台所事情が知れ渡ってるんだか…」
「さっきもね、1年生の連名で、ロングライフの個包装のチョコの箱にビール券の束が添えられてたんですよ。あれは後で、有り難くチケットショップで換金させてもらいましょう。それで千尋に新しいお洋服でも買ってあげようかな」
どんな時でも千尋と自分の幸せを基準にものを考える男、それが風早なのだった。

-了-

《あとがき》

現代日本における葦原家のお話。
風早を軸に考えた小話なので、「数多の書」(風早)に分類しました。

現代日本での彼らの立場は風早が好き勝手に決められるので、周囲から不審がられない程度に、様々なしがらみを可能な限り排除して、我侭を通し、風早の都合の良いように設定を整えています。
もっとも、うちの風早は豊葦原に戻った後も、何かと我侭を押し通すことがありますが……(;^ω^)

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