恋愛応援団

女王の執務室から追い出された柊は、千尋の仕事部屋へとやって来た。
「また、姉様に追い出されたの?」
「はい。陛下から、邪魔だと…」
今度は何をして機嫌を損ねたのかと呆れ顔の千尋に、柊は何処か拗ねた風に言う。
「今回は、私は何も悪くありませんよ。元はと言えば、風早と姫の所為です」
風早と千尋は、顔を見合わせて首を傾げる。そんなことを言われても、全く身に覚えなどない。
「私達…何かしたっけ?」
「さぁ、俺にも心当たりはありませんけど…」
すると、柊が大きく溜息を付いた。
「解っております。お二人の所為というのは、半分は私の八つ当たりです。誰が悪い訳でもありません」
ますます、千尋達は訳が解らなくなる。
「実は、妹姫の幸せな様子と風早の献身ぶりを、陛下が些か羨ましがられまして……姫のこれまで以上の頑張りと風早の補佐で陛下の空き時間が増える兆しもあるため、羽張彦ともっと仕事抜きで過ごしたいと考えられておられるご様子なのです」
柊は嘆くように話しているのに、千尋は喜んで風早に微笑みかける。
「へ~、そうなったらいいね。その為にも、もっと頑張ろう。風早、手伝いよろしくね」
「はい。千尋のお役に立てるなら、俺は何だってしますよ」
それを見て、柊はまた深く溜息を付く。
「何?柊は、何か不満なの?」
「そうではありません。ただ……ここでも邪魔者扱いされるのではないかと思いまして…」
そこで風早はピンと来た。
「つまり、俺達にあてられた陛下が、羽張彦ともっと親密になりたくて、柊を追い出したんですね?」
「そうです。あと少しで執務が一段落しそうでしたので、陛下に庭など散策されては如何かとお勧めしましたところ、大変お喜びいただきましたのに……羽張彦が余計なことを言うから…」
風早は、羽張彦が何を言ったのか何となく想像がついたが一応訊いてみる。
「まさか、柊も一緒に行こう、なんて言ったりしてませんよね?」
「言ったりしたんです!どこまで莫迦なんですか、羽張彦は…。専属護衛で誰よりも傍に居て、仕事中に他愛のない話をするだけで満足してるなんて、いい年をして情けないったらありません。おかげで私は、羽張彦の後方から陛下に呪い殺されそうなくらい物凄い目で睨まれました」
その目は「邪魔だ、来るな、今すぐ自然に出て行け」と言っていた。
「ですから、こちらはもうよろしいようなので二ノ姫のお手伝いをして参ります、と言って逃げ出して来たのです」

柊が手伝いをすると言って来た以上、千尋は容赦なくこき使った。
誰の目があろうと風早への態度を変えたりその好意を隠し立てする気などない千尋は、柊が居ようとお構いなしだ。それは風早も同じなので、居るだけで邪魔だとは思わない。寧ろここぞとばかりに利用して、仕事を早く終わらせた。
「ねぇ、あれ見て。姉様と羽張彦さんじゃない?」
風早がお茶を煎れている間にふと外を見た千尋が指差した方向に、嬉しそうに羽張彦に寄り添う一ノ姫の姿があった。
「姫…あまりご覧になられては、羽張彦に気付かれて、折角の良いムードが台無しですよ」
柊に慌てて窓辺から引き剥がされて、千尋は首を竦めた。
「私なら、ああいう時抱き付いちゃうけど……あれが、大人の恋人同士の在り方なのかな?」
確かに、人目も憚らず腕を絡めたり抱きついたりするのも問題はあるが、あれは大人の節度ではなく意気地がないだけだと思う柊と風早だった。羽張彦は端から見ればちゃらんぽらんな性格をしているが、根っこの部分には真面目なところもあって、自分が分不相応な態度を取ることで恋人の評判を傷つけないかどうかだけはかなり気にしているのだ。ただ、それは当の恋人の方からすると余計なお世話なのである。
「陛下からあのように寄り添われながら、肩も抱かないとは本当に情けない」
「羽張彦には、もっと頑張って早く婿入りして欲しいんですけどね。さもないと、陛下が俺達の結婚を許してくれません」
「そう言えば、姉様……接吻は先を越されたけど婚礼衣装を纏うのは私が先よ、って宣言してたなぁ」
接吻も未だだったのか、と風早も柊も呆れ返った。
「5年前には駆落ちまで計画しておきながら、まだ接吻すらしてないなんて……どれだけ清い交際してるんですか!?」
「うん、私もさすがに羽張彦さんがそこまで奥手だとは思わなかった」
あまりにも不思議に思った千尋は、岩長姫を通じて羽張彦の真意を確かめた。
すると、どうやら羽張彦は一ノ姫を想い過ぎて反って手が出せずにいるらしかった。要は、下手に触れると後戻り出来ずに最後まで突っ走ってしまいそうで不安なのだそうだ。それで女王が身籠りでもしたら、外聞が悪過ぎる。不逞の輩として、羽張彦を処罰しなくてはならなってしまうかも知れない。
「万が一孕んだところで、陛下は咎めるどころかこれ幸いと婚儀を執り行うだけでしょうに……確かに女王の婚儀は準備に時間が掛かるものですが、私と道臣が居ればそんなものはどうとでもなりますよ。ええ、腹の膨らみどころか産み月も軽く誤魔化せるくらい短期間で、体裁も物資も万全に整えてご覧に入れます」
「俺の知ってた羽張彦はもう少し意気地があったと思うんですが……女王相手となると、さすがの羽張彦も気後れするんでしょうか?」
駆落ちを思い立った時の勢いは何処へ行ったのやら……決行寸前に前女王が崩御し、即位した一ノ姫から専属護衛に任命されて堂々と傍に居られるようになったが為に、改めて結婚を申し込む機会が掴めずズルズルと清い交際を続けている羽張彦を、柊はただ生暖かい目で見守り続けて現在に至る。
「俺と千尋の幸せの為にも――勿論、陛下と羽張彦の幸せの為にも――羽張彦には、そろそろビシッと決めて欲しいですね」
「……ってことで、柊、お膳立てよろしくね」
風早との再会であの旅の記憶を取り戻し柊の使い方を思い出した千尋と、魂にまで下僕根性のしみ付いた柊とでは、勝負は目に見えていた。旅路での姿を彷彿とさせるその声音と表情の前に、柊は反射的に恭しく応えてしまう。
「畏まりました、我が君……………………っ……!」
柊が今の互いの立場に気付いた時には手遅れである。勿論、策は以前から用意してあるから問題ないのだが、してやられたとの思いが拭い切れない。
「風早と共に在る姫は、随分と手強くておいでですね」
柊が困ったように、しかし何処か楽し気に零すと、千尋は胸を張って言い切った。
「ふふふ……柊ともあろう者が、神様を叩きのめした姫のことをか弱いだなんて、本気で思ってたの?」
これに、柊と風早は嬉しそうに応じる。
「滅相もない。それでこそ、我が君……さすがは風早が手塩にかけて育て上げた、最後にして最強の龍神の神子にございます」
「ええ、さすがは俺の千尋です。やはり、俺のお育てした姫に間違いはありません」

-了-

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