短冊に願いを込めて

大きな笹に短冊代わりの木簡が揺れる。
『風早に会えますように』

別世界の風習である七夕祭りを橿原宮でやることになったのは、忍人がふと漏らした言葉が発端だった。
「出雲の夏祭りで姫が話していたのだが……向こう世界ではその日は”七夕”と言うのだそうだな」
それを聞いた柊は、忍人が詳しくは知らないと見るや七夕の言い伝えについて事細かに説明を始めた。
途中、彦星と織姫が互いの逢瀬にばかり現を抜かして仕事を怠けて天の怒りに触れたという部分に忍人は呆れ返ったが、それでも最後まで話を聞いた。そして、痛ましげに呟く。
「そんな輩でも一年に一度は会えるというのに……あれほど頑張っておられる陛下が風早に会えないとは…」
「そうですね。我が君は勿論のこと、風早も姫の為に人知れず苦難に耐えていると言うのに…」
表向き、風早は女王を庇って呪詛を受けた身が中つ国に災いをもたらさぬように、遙か遠い地へと旅立ったことになっている。嘘ではないし、それだけでもかなり辛い日々を送っていると皆から思われているが、本当は時空の狭間で身体を休め、二度と千尋に会えぬばかりか風の噂すら聞くことが出来ない状態で、碌に身動き出来ぬまま長い時間を孤独に過ごさねばならないことを柊は知っていた。明日をも知れぬ身で流離うのと、身動き出来ずに永遠にも似た時を唯一人過ごすのと、どちらがより過酷なのだろうと時折柊は考えてしまう。
「風早と姫の間に流れる天の川はあまりにも広く流れが激し過ぎます。この私の知略をもってしても、渡れる白き鳥もかささぎの橋を架ける方法も見つけられません。風早が無事であったなら、どんな手を使ってでも二人を結びつけたものを…。いっそ呪われたのが風早ではなく私であったなら……どうせ一度は国を捨てた身…我が君が幸せになれるのであれば、何を引き替えにしても惜しくはありません」
柊が悔しそうに言うと、忍人も目を伏せて零す。
「毎夜、見張りに立つと必ず声が聞こえて来るんだ。彼女は天に向かって、風早の無事を祈り、再会を願い続けている」
穢れを全て抱えて傍を離れた風早の選択を無下にしないように、人前では決して「会いたい」と口にしない千尋だったが、本心は会いたくて堪らないのだと、毎夜思い知らされながら聞かなかった振りを続ける忍人も結構辛い立場だった。毎夜、自身が最も千尋に近い場所に立つことで、彼女の祈る声が他の者の耳に入らぬようにと気遣っている。
「年に一度くらい…会えなくても、せめて堂々と風早の為に祈りを捧げられるなら、少しは気が楽になるのだろうか?」
忍人のその一言で、柊は橿原宮で仲間内だけでの七夕祭りの実行を決意したのだった。

やると決めたからには、柊の行動は早かった。
思い立ったのは七夕前夜だというのに、次々とかつての仲間を巻き込み、瞬く間に準備を整えていく。
遠夜に頼んで何処からか大きな笹を担いで来てもらい、道臣を使って宴会料理や飾りの材料を融通してもらい、那岐を言いくるめて短冊代わりの木簡を清めさせた。
この騒動の発端になるような発言をした忍人はその責任を取らされて、狗奴を引き連れて朝露を集めることに始まり、会場の設営、料理の下ごしらえと、いいようにこき使われた。挙句の果てに、柊に言われるままにせっせと飾りを作らされる始末だ。足往が楽しそうに手伝ってくれたので「足往に任せて鍛錬に行きたい」と訴えても柊には聞き入れてもらえず、兵達の訓練も布都彦に代わってもらう羽目になった。その甲斐あって、日が落ちる前には準備がほぼ終わった。
「後は、短冊に願い事を書き込むだけです」
「俺達も書くのか?」
「ええ、その方が我が君も書きやすくなりますからね。何枚書いても良いですよ」
「俺は、1枚で十分だ」
『千尋が幸せになれますように』
その短冊を見て、柊が面白そうな顔をする。
「”陛下”ではなく”千尋”ですか?」
「女王としての幸せではなく個人の幸せを願うのだから、名前で書いておくべきだろう」
「…一理ありますね」
言われて柊は、”我が君”と書いた部分を削り落として”千尋”に書き換えた。呼ぶのは恐れ多くても、書くだけなら出来る。
他の者達も、短冊を笹に括り付けて行く。
『千尋と風早が再会出来ますように』
『風早が早く帰って来ますように』
皆が千尋と風早のことを願ってくれていると知って、千尋は目を潤ませながらそっと自分の短冊を差し出した。柊はそれを受け取ると、一番上に括り付ける。
『風早に会えますように』

そして宴がお開きになろうという頃、暗がりから大きな人影が現れた。
「千尋…」
「……風早?」
千尋を始め、皆が驚く中、風早はゆっくりと千尋に歩み寄ると優しくその身をかき抱いた。
「どうして…?」
「千尋や皆の願いが天に届いて、四神が力を貸してくれたんです。おかげで、ほんの少しだけ千尋に会いに来ることが出来ました。今夜、この星明りの下でだけは、俺にかけられた呪詛は周りに影響を及ぼしません」
「どうやって、ここへ…?」
「白麒麟が迎えに来てくれたんです。四神が頼んでくれたんでしょうね」
柊には嘘だと解っていたが、勿論そこは黙っている。少なくとも、願いが天に届いたことと四神が力を貸してくれたことは本当だろう。千尋の声が時空の狭間の風早の元まで届いたとしても、周囲に影響が出る状態であれば千尋の為にも彼がここに来るはずがない。呪詛による苦痛に責め苛まれて動けぬはずの身体に鞭打って立ち上がり、四神の助けを借りて一時的にではあるが穢れを全て身の内に封じ込めることが出来たからこそ、風早は千尋の呼び声に応えてここへ降り立ったのだろう。

誰からともなくそっと場を外し、いつの間にかそこには千尋と風早だけが残された。
話したいことも聞きたいことも沢山あったが、千尋はどれも言葉に出来ず、出て来るのはただ風早を気遣い愛しさを告げる言葉ばかりだった。そうしている内に時は過ぎ、風早は後ろ髪を引かれる思いで千尋から手を離す。
「そろそろ行かないと…」
「…また会える?」
名残惜しそうに問う千尋に、風早は優しく微笑んだ。
「千尋の願いが天に届けば、奇跡はまた起きるかも知れません。向こうの世界の織姫と彦星のように、きっとこちらの世界でも、この日だけは離れ離れになった恋人同士が会うことを許される特別な日なのでしょう」
「私達……恋人同士だって…思って良いんだね?」
震える声で千尋に問われ、風早はしっかりと頷いて見せる。
「俺は、いつだって千尋のことを想っています。千尋が俺を想ってくれている限り、俺は千尋の恋人ですよ」
そう言うと、風早は両掌で千尋の頬を柔らかく包み込み、身を屈めて千尋の唇にそっと口付けを落として去って行った。

-了-

《あとがき》

風早呪詛EDでの七夕ネタです。
一年に一度の束の間の逢瀬。 織姫や彦星みたいに仕事をさぼった訳じゃないのに年に一度も会えないなんてあんまりだ、ってことで会わせてみました。
MY設定の時空の狭間で浄化ネタ入りです。力を貸してくれるのが龍神じゃなくて四神なのは、あの見た目だけ白くて腹の中は真っ黒な龍はまず人の為には動かないと思っているからです。風早の書で千尋に矢の雨を大量に降らされて叩きのめされるまで、奴の腹は黒龍より黒いと見ています(-_-;)

ちなみに、柊が祭りを思い立ったのが七夕前夜なのは、LUNAがこの話を書くことを思い立ったのが七夕前日だからです。

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