拭えぬ疑惑
体調を崩した千尋の様子に「もしかして…」と思っていた風早は、ハッキリとそれを告げられて狂喜乱舞した。
    「とうとう、俺も本当の父親になれるんですね」
    「うん。順調にいけば、来年には生まれるはずだよ」
    子育てならこれまで数えきれないほどして来た。千尋もその子供もいつも風早が世話をして、経験は誰よりも豊富だと自負している。
    「子育ては任せてください。自分の子供は初めてですけど、千尋の子供なら何度も育て上げましたから…」
    「うふふ…頼りにしてる。私も出来るだけのことはするつもりだけど、不安なことも多いから……風早がそう言ってくれて心強いよ」
    ドンと胸を叩いて請け負う風早に、千尋は柔らかく微笑んで見せた。それから、何やら思い出したように続ける。
    「でも、良かった、本当に風早は中までちゃんと人間になってたんだね」
    それを聞いて、風早のこめかみがピクリと震えた。
    「柊があんな事言ってたから不安だったんだ」
    「まだ、あんな戯言を信じてたんですか?」
    風早は目に見えて不機嫌になった。
    言葉を尽くして懸命に「誤解です」と説いて、結婚後は身も心も尽くしてこれでもかと千尋を愛して、それでも信じてもらえなかったのかと思うと、幾ら何でも気分は良くない。
    「千尋が俺よりも柊の方を信じてたなんて…」
    柊張りの泣き真似でもしそうな風早に、千尋は慌てて弁解する。
    「違うよ!風早を信じてなかった訳でも、柊を信じてたんでもなくて……私は、龍神を疑ってるだけなの!」
    予想外の言葉に、風早は驚愕して千尋をマジマジと見つめた。
    「龍神を…ですか?」
    「そう。風早曰く、見た目ばっかり白くて腹の中は…」
    「腹の中は黒龍よりも真っ黒な、あの元上司ですね」
    途中から言葉を引き継いだ風早に、千尋は力強く頷いて見せた。
人の身で、神の言を疑うなど大それたことかも知れない。
      しかし、一度滅ぼされかけた身としては、白龍を完全に信じ切ることは出来なかった。
      黒龍が人の世を見限った時、白龍はそれに異を唱えて時の輪を閉ざして様子を見ることを選んだ。人は滅ぶべきか否かを見定めるよう、白麒麟に命じた。
    しかし、それはあくまでも形式に過ぎなかったのだ。人は滅ぶべきだと言う報告を、神との約束を守れない生き物であり信じるに値しないという証を待ち望んでいたのだ。
    ならば、何故そんなことをしたのか。
    遥か昔、黒龍が破滅を唱えた時に、ほんの僅かだが迷いがあったのだろうとは思う。しかし、賛成しなかった理由の大部分は、黒龍の意見に手放しで賛成したくなかったからなのだと、千尋も風早も考えていた。黒龍の意見に「いや、それ程捨てた物でもないだろう」と反対してしまった手前、後から「やっぱり滅んだ方がいいね」などとは言い出せなくて、きっかけを待っていたのだろうと思わずには居られなかった。
「神様でありながら、腹に一物あったと言うか二枚舌使ったようなもんでしょう?私達がこてんぱんに叩きのめして人の力を認めさせてこの世を取り返した訳だけど……完全に改心したとは思えないんだよね。だから、風早を人間にしたって言っても、何か裏があるんじゃないかと疑ってたの。例えば、姿だけ固定したとか…。徐々にいろいろと確かめては来られたものの、実は無精子症だとか遺伝子異常だなんてオチを仕組まれてやしないかと、不安で不安で…」
      「……そうだったんですか」
      拳も握りしめて白龍への恨み言を唱える千尋に、風早はタジタジだった。
      「今でも、まだ安心は出来ないよ。ほら、流れやすいとか生まれても虚弱体質とか何らかの罠が仕掛けられてないとも限らないもの。油断は禁物だよ」
      「は…はい。充分に、身体に注意してくださいね」
      千尋は勿論のこと、風早もこれまでの経験とは比べ物にならない程慎重に細心の注意を払って千尋を見守り支えた。
      その甲斐あってか千尋は比較的安産で、二人の間には千尋によく似た元気な女の子が無事に誕生したのであった。
    

