仲良し

仲間が増えて来て戦闘は楽になったが、一方で千尋と過ごせる時間が減った気がして風早は少し残念に思っていた。
更に、新しい顔ぶれと打ち解けて来ると、千尋の関心はより多くそちらへ向けられるようになる。
今の千尋は、布都彦と一緒に居ることが多かった。
「やはり、姉妹で好みは似るものなんでしょうか?」
「羽張彦と布都彦では、性格はかなり違いますが…」
風早と柊は、陰から二人の様子を見ながら歯噛みしていた。
「緑の髪なら、私もそうですよ」
「では、そこは惚れ要素ではありませんね」
風早は柊の言い分を切って捨てた。
「やはり、槍を振るう姿でしょうか?」
「確かに、羽張彦も槍を振るっている時だけは真剣な顔つきをしていましたね」
「そこにキュンと来たとか……でもでも、柊の地味な峨嵋刺と違って、俺だって豪快に大太刀振るってますよ」
「……地味で悪かったですね」
風早の愚痴が変な方向に流れて、柊はムッとした。日頃から、攻撃力の低さ故に忍人から「術を使え」だの「役立たず」だの言われ、姫の為に良かれと思って『回転』を使えば当の姫から「私は大丈夫だから、柊は無理しないで木属性を相手にしてて」と言われ、苦汁を舐めることの多い柊だ。そこへ更に、風早にまで「地味」とか文句を言われたくはない。
「戦い方が地味だろうが豪快だろうが、あなただって我が君から相手にされていないことに変わりないではありませんか」
「ぅぐっ…」
痛いところを突かれて、風早が押し黙った。

「千尋は最近、布都彦と仲が良いみたいですね」
「ん~、仲が良いって言うか……まぁ、気になってよく話してるかな」
「そうですか……気になってるんですね。ええ、歳も近いですし、弓のこととかいろいろ話題もありそうですし……でも、そう、千尋は布都彦のことが気になって…」
ブツブツ言いながら、風早は何処かへ行ってしまう。その足元は、何処となく覚束無い様相を呈している。

千尋がボンヤリと歩いていると、忍人が声を掛けて来た。
「また、君は一人で歩き回っているのか。しかも、何度も呼ばねば気付かぬようでは、不用心にも程がある」
普段から「一人で出歩くな。供を付けろ」「常に警戒を怠るな」と言われているのを聞き流している千尋ではあるが、さすがに何度も呼ばれるまで気付かなかったとあっては言い訳のしようがなかった。
「すすす…すみません!」
素直にペコペコと謝り倒してから、千尋は助けを求めるように言った。
「風早が変なんです」
「……風早なら、いつも変だろう」
突然何を言われたのかと暫しその言葉を反芻するように黙り込んでから忍人が言うと、千尋は「うぅっ…」と小さく呻いてから呟く。
「それは、そうかも知れませんけど…」
「……否定はしないのだな」
「でもでも、変は変でもいつもとは違うんです!」

「言われてみれば、最近の君は布都彦と一緒に居ることが多かったな。おかげで、俺は少しばかり安堵していたのだが…」
「何でですか?」
「誰かと一緒に居ると言うことは、君が一人歩きをしていないことに他ならない。その誰かが布都彦なら、充分腕も立つし、不埒な真似をする心配もないだろう。護衛として申し分ない」
途端に、千尋が忍人の胸元を掴んで詰め寄った。
「忍人さん、それ……今の台詞を布都彦の前で言ってあげてください!」
「……何故だ?」
「尊敬する葛城将軍の口から直接”腕が立つ”とか”護衛として申し分ない”って言ってもらえれば、きっと布都彦はもう少し自分に自信が持てると思うんです」
姫が何故こんなにも勢い込んでそんなことを言うのか、忍人には理解出来なかった。
「布都彦には、私の励ましよりも忍人さんの評価の方が絶対有効だと思います。だって、忍人さんはそういうことで嘘言ったりおだてたりなんてしないでしょう?だから、布都彦に直接言ってあげてください」
「つまり君は、布都彦に自信を持って欲しくて何くれと話しかけて励ましている所為で、よく一緒に居るということか?」
「そうです。布都彦ったら、いつもいつも、私など大して姫のお役にも立てませんのに、とか何とか言って……そりゃ慢心するよりはよっぽど良いですけど、限度ってものがあるでしょう?自分を過小評価し過ぎなんですよ。そういうのって、いざと言う時、弱気に繋がると思いませんか?」
「弱気に繋がる……か。君の言う通りかも知れない。確かにそれではこれからの戦いに差し支える恐れもあるな」
忍人の賛意を得られて、千尋は満足そうだった。
「ですから、ここは一つ、忍人さんから布都彦に何か言ってあげてください」
「解った。だが、その前に、君が……改めて今の話を向こうで盗み聞きしていた風早に言ってやってくれ」
「えっ?」
「君が俺に掴み掛った途端に、あの辺りで乱れた気が渦巻いて消えた。恐らく、君が俺に抱きついたのだと勘違いして、魂魄を飛ばしたのだろう。その後の話は全く耳に入ってないと思う。早く誤解を解いてやった方が良い」
千尋が慌てて指し示された方へと駆けて行くと、忍人の言う通り、そこには風早が石像のように固まっていたのであった。

「風早……風早、気を確かに持って。私が解る?千尋だよ。私の声が聞こえる?」
「…………千尋」
「私、忍人さんに抱きついたりしてないからね。勿論、縋り付いた訳でもないよ。あれは、掴み掛ったとか詰め寄ったってのがしっくりくるような行動だからね」
しかし、風早はまだ何処か遠くを見ているようだった。
そこで千尋は、風早の頬を手で挟んで思いっ切り叫んだ。
「勘違いしないでよ。私がこの世で一番好きなのは風早なんだからね!」
「嬉しいこと言ってくれますね。千尋は俺を喜ばせるのが本当に上手で……さすがは俺のお育てした姫様です」
これであっさり風早は元通りである。後は、千尋の説明を聞いて納得するだけだ。
その間に忍人は反対側で風早同様に魂魄を飛ばしていた柊を文字通り叩き起こして、千尋の代わりに誤解を解き、ついでに布都彦に声をかける為の作戦を考えさせたのだった。

布都彦が以前よりは少しだけ自分に自信を持てるようになり、皆にもなじんで来たことで、千尋は風早がやきもきするほど布都彦とばかり居ることはなくなった。
しかし、代わりに今度はアシュヴィンと遠夜と3人で居ることが多くなる。
「おや、今度は妬かないのですね」
「ははは…だって、今生の千尋は黒麒麟を瞬殺してませんからね。アシュヴィンは安全牌です」
余裕をかます風早に、しかし柊は心の中で呆れたように呟く。
「他の男のものにならないからと言って、あなたと姫が結ばれる訳ではないのですけどね」
風早や柊と千尋が結ばれた既定伝承は未だに見つかっていない。それでも、他の男と結ばれさえしなければ、まだ可能性は残されている。そこに僅かな望みを賭けて、二人は新たな道を模索し続けるのだった。

-了-

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