喪失の欠片

風早の旅立ちを女王として見送って即位式を終えた千尋は、すぐにまた次の執務を行うよう促された。
何しろ、ずっと不在だった女王がやっと立ったのだ。やるべきことは山積みである。
そんな千尋を支えるように傍らに寄り、柊は狭井君に休息を要求した。
「我が君はお疲れのご様子。今しばらくの間、お休みいただきたいと存じます」
「柊、立場も弁えず、この私に意見するつもりですか?」
柊と狭井君の間で、千尋は居心地の悪い思いをした。柊が庇ってくれるのは有り難いが、こうして対立させてしまってはただでさえ悪い柊の立場を更に悪くしてしまう。それが心苦しかった。
正直言えば、少しだけ風早の為に泣きたかったが、これは千尋の個人的事情だ。女王としては、そんな自由を求めてはいけないのだと解っている。
「もういいよ、柊。私、もうちょっと頑張るから…」
柊のことを思ってそう言った千尋に、しかし柊はその場に膝を付き恭しく千尋の手を取るとこう応えた。
「いいえ、我が君。どうか、ご無理はなさらないでくださいませ。長い間傍に居た者を突然失って悲しむことは、人として当たり前の感情です。羽張彦亡き後、風早は私にとって唯一人の友でございました。ですから私だけは、我が君のお気持ちの一端なりと理解出来るつもりでおります」
「えっ、唯一人の友って、道臣さんや忍人さんは友達じゃないの?」
千尋のこの問いに、柊は苦笑した。
「道臣は言わば同僚でしょうか。そして忍人は可愛い弟弟子です」
「可愛いは余計だ」
狭井君の背後から、すかさずツッコミが入った。そして忍人は狭井君と柊達の間に入ると、狭井君の方へと向き直った。
「私からも、陛下にしばしお休みいただくことを進言いたします」
「まぁ、葛城殿まで…」
柊ならともかく忍人が相手では狭井君も強くは言い返せない。そこで忍人は渋る狭井君に畳みかけるように言った。
「例え陛下に一日二日お休みいただいたところで、その程度の遅れなど柊をこき使えば瞬く間に取り戻せましょう」
確かに忍人の言う通り、柊がその気になれば少々の執務の遅れなど問題なく片が付く。それに柊ならともかく、忍人から頼まれては、狭井君も無下に断ることは出来ない。
渋々ではあるが引き下がった狭井君の背中を見送って、千尋はホッと息を付いたのだった。

「助かりましたよ、忍人。やはり、あのような御仁には、あなたの言葉の方が遙かに効きますね」
「でも、今度は忍人さんの立場が悪くなったりしない?」
心配する千尋に、忍人も柊もその懸念を一蹴した。
「いや、俺は平気だ」
「ええ、ご心配には及びません。名門の出でもなく然したる役職についてもおらず裏切り者の私と違って、葛城の総領息子でこの度大将軍の役職を拝命しこれまでにも輝かしい功績を上げている忍人は、あの程度のことでは何ら問題にはなりません」
同じことを言うにもやるにも、立場の違いで周りの受け止め方は全く違う。
「何か言われたら、若輩者が差し出がましい口をきいてしまいました、と頭を下げておけば良いだけのことだ。それで済むなら、易いものだろう」
そのくらいなら、忍人にも簡単に出来る。女性には気の利いた言葉の一つも言えないが、幼少時からの教育と軍での経験から、そういうことに関してはいくらでも口が回るし円滑に振舞えるのだ。
「狭井君にしても、私ではなく葛城将軍から懇願されて、ということなら方々に面目が保てますからね」
「それが君の役に立つのなら、この際、名でも地位でも利用できるものは何だって利用する」
「頼もしい限りです」
「ありがとう、忍人さん」
少しだけ笑顔を取り戻した千尋を見て、忍人も僅かに笑みを浮かべる。
「そう言う訳だから、君は心置きなく休んでくれ。どれだけ休んでも、遅れた分はすべて柊が穴埋めするから、心配は要らない」
「簡単に言ってくれますね。一体どれだけ私をこき使う気でいるんですか?」
大げさに嘆いて見せる柊に、忍人は真面目な顔で言い返した。
「無論、使えるだけ使う気だ。まさか否とは言わないだろう?」
「我が君の御為とあらば、私に否やのあろうはずがないでしょう」
「では、俺は兵の配置を変更しがてら、道臣に今後の根回しを頼んで来る。お前はしっかり陛下をお慰めしろ」
「…随分と物分りがいいのですね」
訝しむ柊に、忍人は自虐的な笑みを浮かべて見せる。
「こういうことはお前の得意分野だろう。俺では、掛けるべき言葉の一つも浮かばないからな。不本意ながら、お前に任せるしかない」
そう応えて立ち去りかけて、忍人はふと足を止めて振り返った。
「そうだ、一つだけ言っておく」
「陛下に不埒な真似をするな、ですか?」
「そんなこと、今更言うまでもないだろう」
忍人は呆れたように言ってから、しんみりとした口調で言い置いた。
「風早は、俺にとっても数少ない大切な友人だった」
失った痛みが解るのはお前だけではない。そう言い残して去って行く忍人の背中を見送りながら、千尋の目はゆっくりと熱を帯びて行ったのだった。

-了-

《あとがき》

風早は登場しませんが、風早呪詛EDなので、風早創作に分類してあります。
柊もそうだけど、忍人さんも風早以外に友達居なかった気がします。風早が居なくなった後、友人は遠夜だけ。
公式設定では同門全員友達ってことになってますけど、忍人さんにとって、道臣さんはお兄さんみたいな存在で、羽張彦と柊は苦手な先輩って感じだと思います(^_^;)

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