或るしもべの大いなる喜悦

その日が近づいた頃、千尋はおずおずと忍人にある申し出をした。
「あの…実は、その……相談したいことがあるんですけど…」
「断る」
「そこを何とか……って、まだ中身について何も言ってないじゃないですか」
「碌な話でないことは、君のその態度を見れば解る」
千尋の態度を見る限り、その相談とやらの内容には嫌な予感しかしない忍人だった。
「だからって、聞きもしないで断らないでください」
「聞くだけ時間の無駄だ」
「そんな事言わないで、せめて聞いてから断ってください」
「既に君自身も、どうせ断られると察しているのだろう? ならば、話すだけ時間も労力も無駄だとは思わないのか?」
「それは、そうかも知れませんけど……」
取りつく島もない忍人に、千尋が何とか言い縋っていると、その背後に突然大きな影が現れる。
「忍人」
千尋が振り向かないのを良いことに、名を呼ばわるだけで後はただ無言で重圧をかける風早だった。
忍人は目を伏せ大きく溜息をつくと、千尋に視線を戻す。
「わかった……この件で、俺に対して風早が一切口も手足も出さないのなら、話だけは聞くとしよう」
「はいっ、風早には口も手足も出させません!」
千尋はすぐさま風早を追い立てると、改めて、忍人への相談事についてを話し出した。
「今年の2月は29日までありますよね。それでなんですけど……」
忍人はすぐにも「やはり聞くんじゃなかった」と後悔したのだった。

「柊、お誕生日おめでとう!」
女王の私室、その寝室の前の間を派手に飾り付けて、柊のお誕生日会が催された。
「ありがとうございます。我が君より、このように盛大な祝いの席を設けていただけるとは……望外の喜びに存じます」
ひとしきり礼を述べた後、柊は不思議そうに問うた。
「ですが、よく忍人がこのようなことを許しましたね」
ここは今では千尋一人の部屋ではない。忍人にとっても私室であり、大切な我が家だった。それをこのように使うことを認め、更にはあからさまな渋面ではなく引き攣りもしていない微笑を浮かべてこの場に参列しているとなると、どんなからくりがあるのかと柊も首を捻りたくなるというものだ。
「うん、最初は物凄く渋ってたんだけど……」
「柊ごときの誕生日を何故そこまで盛大に祝ってやらねばならんのか、と思わないでもなかったのだが……千尋の言い分に妙な説得力があってな」

「当日に祝えることなんて、4年に一度しかないんですよ」
「4年に一度くらいで、そんなに大騒ぎする程のことはあるまい」
「4年に一度だけなんです」
「4年に一度はある」
互いの主張はそのまま平行線を辿り続けた。
そんな論争を幾度も繰り広げた末、千尋は思いついたように攻め口を変えた。
「でも4年って言ったら、えぇっと…………1年が365日で……2年で730日で……4年だと、その更に倍だから……」
「……1460日か?」
「そう、そこに閏年の1日を足して1461日です。で、柊の本当のお誕生日は、その千日を優に超える1461日の内でたった1日しかないんです!」
拳を握りしめてそう力説する千尋に、忍人は敗北を認めた。

「1461日の内でたったの1日、しかも更にその内のほんの数刻程度なら、お前の為に場所と時間と労力を割いてやっても良いだろうという気にさせられた」
いわゆる数字のマジックと言うヤツだった。4年に一度では希少に感じなくても、1461日の内でたったの1日と言われると、物凄く貴重な1日のように見えてくる。
しかも、千尋の提案はその1日を丸々柊の祝いに充てようというものではない。ちゃんと執務をこなした上で、夕餉の時間を柊の祝いの席として皆で寿ごうというだけであった。
前日が休日にあたっていた所為もあって、飾り作りなどを手伝わされたものの、それも全日ではなく四半日にも満たない程度だった。
あれ程「1461日の内でたった1日しかないんです!」と力説した千尋でさえ、忍人との貴重なデートタイムを犠牲にしてまで柊の為に尽力しようとは思わない。どんな風に祝うかを全面的に考案したのは千尋だが、準備作業の大半や当日の飾りつけ等は風早に一任された。
「だから、せめて閉会するまでは、お前の誕生日を寿ぐ心を保つことにしてやろう」
「つまりは、日頃とは違うあなたの態度やその表情も祝い品の内ということでしょうか?」
「そういうことだな」
忍人が嫌々この場に居る訳ではないと聞いて、柊は泣き笑いする。
「ふふ……誰もが元日に歳を数えるこの世にあっては、生を受けた日など大した意味など持たぬと思っておりましたが…………我が君が他より盛大に祝宴を催され、忍人がここまで祝ってくれるのでしたら、この日に生まれた甲斐がありました。ええ、本当に……このような祝福が得られるなど奇跡のようです」
しかもこの奇跡は一度きりでは終わらない。これからも4年毎に、何らかの形でまた柊の身にもたらされるのだ。それを思うと、喜びもまた一段と大きくなる柊なのだった。

-了-

《あとがき》

柊、お誕生日おめでとう

2016年の柊誕小話です。タイトルは柊のキャラソン『或るしもべの華麗なる愉悦』を元にしました。
カップリングは忍千ですが、柊のお誕生日祝いのお話なので「数多の書」(柊)へ分類しています。

1年で365日、4年でその4倍+1日。この1461日の内で柊の正しいお誕生日はたったの1日しかありません。
だから、千尋としては他よりも盛大にお祝いしてあげたいと思うのでした。勿論、LUNAもです(*^_^*)

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