慎ましき問題発言

忍人が兵達に訓練をつけていると、柊が走って来た。
しかし、真っ直ぐに忍人に駆け寄るのではなく、何故か外縁に沿って駆けて来る。
「あっ、忍人。端っこ、お邪魔します」
そう一言残して、柊は忍人の後ろを通り過ぎて行った。

「よし、今日の訓練はここまでとする」
いつもながらに厳しい指導を受け、耐え切った者達は協力し合って落伍者を抱えてその場を後にする。
常ならば、解散を言い渡した忍人は真っ先に次の仕事へと向かうところだが、この時は違った。何しろ、柊がずっとグルグルと走り回っているのだ。あまりにも不気味で、放っておくことなど出来る筈がない。
「貴様……延々と、何をやっているんだ!?まさか、新手の呪術など執り行っているのではなかろうな?」
「ハァ…ハァ……違います…………ここを10周…せよと……我が君の…ご命令……で…」
「陛下のご命令とは、どういうことだ?」
「ハァ…ハァ……ハァ…ハァ……話は…後に……して…ください」

日暮れ間近、千尋が風早と共に姿を現した。
「忍人さ~ん。柊は、ちゃんと走ってますか?」
「ああ、何やら延々と外縁を周回しているが……一体、何の意味があって、こんなことを命じたんだ?」
「悪ふざけの罰です」
千尋は事の次第を忍人に話して聞かせた。

「もうすぐ、柊の誕生日だね。今年も29日はないから、また1日早くお祝いしようか」
「ありがとうございます」
「プレゼントの希望、何かある?リクエスト受けたからってそれを贈るとは確約は出来ないけど、可能な限り希望に沿えるようにしたいから、何かあるなら言ってみてよ」
「では……『忍人1日独占券』などを発行していただけますでしょうか?王命ならば、あの子も逆らえないでしょう。それを使って、思う存分遊びたい放題…」
「柊……」
怒りを含んだ声音で名を呼ばわれ、柊は慌てて言い訳に走る。
「いえ、ほんの戯言にこざいます。我が君よりいただける物ならば、何でも……お祝いしていただけるそのお気持ちだけでも充分…」
「……練兵場10周」
「はぃ?」
「駆け足!」
「はっ、はい、畏まりました。御前、失礼致します!」

「ふざけたことを…」
「まったくですよ。ほんと、失礼しちゃう!どうせなら、『我が君1日独占券』って言いなさいってのっ!!」
「……問題はそこなのか?」
「だって、私じゃなくて忍人さんを欲しがるなんて…」
「千尋は既に柊のものなんですから、わざわざ独占券なんて必要はないって思っただけのことでしょう?」
風早がそう言って宥めるも、千尋は胸を反らして言い返す。
「甘いよ、風早。私が柊のものなんじゃなくて、柊が私のものなの」
「……成程」
風早も忍人も、その言に納得してしまう。
「風早も忍人さんも那岐も遠夜も、み~んな私のものだからね」
「えっ、俺も君のものなのか?」
風早と那岐は千尋の家族みたいなものだし、遠夜は千尋が保護者みたいなものだから納得出来るが、自分までそこに含まれていることに忍人は困惑した。
すると、千尋は女王の顔をして見せる。
「あなたは私のものではないと申すのですか、葛城将軍?」
「いいえ、そのようなことは決して…」
慌てて畏まる忍人に、千尋は私人の顔に戻って言った。
「……な~んてね。でも、忍人さんも私のものってことにしておいた方が良いと思いますよ。だって、それなら誰も……柊もアシュヴィンも迂闊に手出し出来ないでしょう?」
「そうだな。ならば、有り難くその名に甘えさせてもらうとしよう」

「我が君…………10周……終わり…ました…」
肩で大きく息をしながらふらふらになって寄って来る柊を見て、千尋は忍人に確認の視線を送った。忍人が確と頷くと、ニッコリ笑って柊に告げる。
「よろしい。それじゃあ、今日のところはこれで許してあげる」
そして千尋は、「ほら、帰るわよ」と言わんばかりにさっさと踵を返した。
3人は慌てて千尋の後を追い、風早は柊にそっと水を差し出して訊く。
「お疲れ様。でも、一つ確認しておきたいんですけどね……どうしてリクエストを聞かれた時、『我が君1日独占券』って言わなかったんですか?」
「だって……そんな……恐れ多いこと…」
「……それで激怒させたのでは元も子もあるまい」
忍人は呆れ返ったが、柊があんまりにもしょんぼりしているので少々哀れに思い、それ程までに遊びたいのなら誕生日祝いにほんの僅かばかりであれば遊ばれてやってもいいか、などと考えてしまったのだった。

-了-

《あとがき》

柊の誕生日ネタだけど、柊はあんまり幸せになってません(*^_^ ;)
でも、最後に忍人さんがちょっと憐れみを覚えてしまったので、誕生日(の前日)にはほんの少しだけ幸せが舞い込み、千尋からも何某かのプレゼントは貰えると思います。

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