心の結晶

書庫で倒れている柊を千尋が発見して程なく、船内のあちこちで悲鳴が上がった。
最初に悲鳴を上げたのは千尋だった。
「柊が二人!?…って言うか、そっち小さくない?」
目の前で眠り続けている柊の半分くらいの子供のような柊が目の前に現れたのだ。
「我が君…」
「えぇっ、どういうことよ、これ~っ!?」
驚愕する千尋に、小柊が困ったように言う。
「私にも、よく解らないのです。気が付いたら、我が君のお部屋に居りまして……とにかく姫にお会いしなくてはとの想いだけで、ここまで参りました」

続いて、布都彦の悲鳴が上がった。
「柊殿!?そのお姿は、一体…?」
何処かから名を呼ばわる声が聞こえて、探し回った挙句に見つけた物は手乗りサイズの豆柊だった。
「よく解りませんが……気付いたら、ここに居ました」
途方に暮れた布都彦は、豆柊を潰さないようにそっと両手で包み込むと、道臣の元へと向かった。

更に、船内に悲鳴が響き、それが堅庭に向って移動して行った。
何事かと忍人が様子を見に行くと、前方から背丈60cmくらいの幼児体型の柊が走って来る。
「忍人~っ!」
忍人の顔を見て嬉しそうに駆け寄ったチビ柊を、忍人の靴の裏が出迎えた。
「酷いです……あなたに会いたい一心で、ここまで来たのに…」
忍人が振り上げた足に勢いよく突っ込んだチビ柊は恨み言を零しながら倒れ伏し、その首根っこを掴んで忍人も道臣の元へと向かったのだった。

そして、千尋が硬直し、道臣が頭を抱えていた頃、風早はテディベアのようなミニ柊と向かい合っていた。
「困りましたね」
「私だって困っています。何が何だかよく解らなくて……解っているのは、あなたの傍に居たいと言う強い想いがあることだけです」
肩を落として俯く柊をジッと見て、風早はボソッと呟いた。
「俺の見たところ、あなたは柊の心の結晶のような存在ですね。サイズ的には元の8分の1くらいですから……もしかすると、あと7体のミニ柊が何処かに居るのかも知れません」
その見解の正誤を確かめるべく、風早はミニ柊を抱えて船内の捜索を開始した。

途中で忍人とチビ柊、布都彦と豆柊を拾って、風早は自分の見解の一部誤りを認めた。確かに、他の柊は存在していたがサイズは区々で、どうやらこのサイズは柊の心に占める割合らしいと推察する。柊の部屋で千尋と共にいる小柊を見た瞬間、それを確信した。
「やっぱり、千尋に対する想いが一番大きいんですね」
それぞれの柊の大きさを見ると、元の大きさに対して小柊がほぼ半分でチビ柊が3分の1、豆柊は約10cmだった。柊本体の上に乗せて並べて行くと同じサイズになったので、心の結晶は多分これで全部だろうと見当を付ける。
「豆柊が大量に出現してなくて良かったですね」
風早の言葉に、20体近い豆柊が足元をうろついている光景を想像してしまった忍人が、気持ち悪そうに口を押えた。
「でも、これ…どうやったら元に戻るんでしょう?乗せたついでに押し込もうとしてみたけど、本体に戻ってくれませんでしたし…」
「……潰されるかと思いました」
押し込まれかけた豆柊から苦情の声が上がったが、風早はスルーする。
「柊は書庫で倒れてたんですよね?ですから、まずは現場を調べて……あとは竹簡もあたってみましょうか」
「私も行きます。風早と一緒に居たいですし、私が居れば少しは作業が捗ると思いますから…」
柊が中身を把握している物は省いて構わない。本体の記憶は全てミニ柊達も持っているし、小さくても竹簡は読める。
そこで風早は小柊とチビ柊にも協力を依頼したが、小柊は千尋の、チビ柊は忍人の傍を離れるのを嫌がった。どうやら、分裂したことで特定の相手に対する想いの純度が増し、執着心が強くなっているらしい。
「だったら、私も一緒に……ああ、でも本体も気になるしなぁ…」
こんなことなら柊の身体を部屋まで運んでもらったりするんじゃなかった、と千尋が困ったように柊と小柊の間で視線を彷徨わせていると、小柊が意を決したように言った。
「我が君のお傍を離れるのは身を切られるよりも辛うございますが、それが姫のお望みとあらば叶えることが何より大事。私は風早と共に参りましょう。我が君は、どうぞ本体を宜しくお願い致します」
「ありがとう。頑張ってね、頼りにしてるよ」
それを見て、忍人がチビ柊に言う。
「あっちの柊を見習って、お前も行って来い」
「嫌です。忍人の傍を離れたくありません。第一、私は忍人の役に立ちたいとか望みを叶えたいとか思ってません。忍人で自分の望みを叶えるのが、私にとっての大いなる喜びです」
どちらも子供サイズだが、小柊とチビ柊では中身は大違いだった。
「ですが……忍人も一緒に行って、どうしても私の助けが必要だって頼むなら、手伝ってあげないこともありませんよ」
「ふざけるな!」
忍人はチビ柊の頭に拳骨を落とし、足早に部屋を出て行った。

風早達が書庫で調べ物をしている間、布都彦は豆柊を膝に乗せて兵法指南を受けたり兄の話を聞いたりして過ごした。
普段の柊はのらりくらりと逃げ回っていたが、豆柊は布都彦に執着している所為か、請われるままに話に応じた。
「布都彦は本当に素直な良い子ですね。それに、羽張彦と違って勉強熱心で……感心ですね」
「いいえ、私などまだまだです。これからも、ご指導宜しくお願い致します」
布都彦が深々と頭を下げると、柊の驚く声が聞こえた。慌てて上体を起こすと豆柊の姿が消えている。額に何か当たったような気がした布都彦は、豆柊に頭突きを喰らわせて弾き飛ばしてしまったと思って辺りを探ってみた。しかし何処にも見当たらず、潰してしまったと焦って書庫へと走って行った。

布都彦が書庫へ駈け込むと、そこには千尋も居た。聞けば、先程柊本体に変化があったのだと言う。
二人の話を聞いた風早と小・ミニの柊達は、一つの仮説を打ち立てた。
「豆柊が消えたのと、本体が光ったことには因果関係があるものと思われます。察するに、豆柊となっていた心は本体に戻ったのでしょう。ですが、何がきっかけだったのか……布都彦、もう一度よく直前の状況を思い出してみて下さい」
しかし、布都彦が思い出せる限り詳しく直前の柊の言動や自分の行動を思い出してみても、これと言って決め手になるような事柄は見当たらない。少しずつ記憶を遡って行っても、手掛かりになるようなものは何も出て来なかった。
「やはり、潰してしまっただけなのでは…?」
「それは無いでしょう。そんな簡単に潰れるようなら、俺が本体に押し込もうとした時点でとっくに潰れてますよ」
布都彦の頭突きを簡単と言ってしまう風早に、一体あの時どれだけの力を加えてたんだ、とツッコミを入れてくれる者は残念ながらこの場には居なかった。
千尋が心配そうに呟く。
「……このまま、柊は目を覚まさないのかなぁ」
「ああ、我が君……そのようなお顔をなさらないでください。私が必ずや元に戻る方法を見つけ出して御覧に入れますので、どうぞご安心を…」
そう言って小柊が千尋の手を取って指先に口付けると、その姿は光となって消えてしまった。

小柊の消えた状況から風早とミニ柊は打ち立てた仮説を更に進めて行った。
そして、確認の意味もあって、皆で本体の元へと戻る。
「では、柊…」
「はい……と言っても、身長差があり過ぎますので…抱き上げて貰えますか?」
言われた通り風早がミニ柊を抱き上げると、ミニ柊はそっと風早の頬に口付けた。そして、二人が思っていた通り、ミニ柊が消えて本体が光る。
「どうやら、俺達の仮説は正しかったようですね」
「つまり…口付けで本体に戻るってこと?」
「ええ、布都彦の場合も……額に何かが当たったと言っていたでしょう?多分、そこに豆柊の唇があったんですよ」
これで柊の心の結晶を本体に戻す方法は解った。残るはチビ柊だけだ。希望の光が見えた。
3人がそう思った直後、布都彦以外の2人はその希望の光が霞んで行くのを感じた。

チビ柊を本体に戻す方法が解った、と言われて、忍人は柊の部屋へやって来た。
「えぇっと……どうしてチビ柊をおんぶしてるんですか?」
忍人は誰かの帯をおんぶ紐にしてチビ柊を背負っていた。チビ柊は満足そうにその背に頬を寄せている。
「こうでもしないと邪魔で仕方がない。離れたくないと喚いて足元をうろちょろして何度蹴り退けても戻って来るし、やっと離れたと思ったら悪戯ばかりして……野放しにしておくと各方面に被害が出るばかりなので、重石だと思って背中に括り付けることにした」
「その括り方は何処で…?」
「昔、こうやって君を背負っている風早を不思議に思って見ていたら、無理矢理教え込まれた」
千尋はそれであっさり納得してしまった。
布都彦も、千尋のおかげで謎が解けて胸のつかえが取れた思いがした。忍人が逃げないように、余計なことは一切言うなと風早から釘を刺されていたために、訊きたくても訊けなかったのだ。
「それで、どうすれば戻るんだ?」
チビ柊を降ろしながら訪ねる忍人を風早が抱き竦める。敵意も色欲も感じさせない風早には、忍人も反応が遅れてしまった。
「何をする!?」
「布都彦、そこの帯で忍人の足を縛ってください。まずは、逃げ足を封じましょう」
布都彦が躊躇っていると、代わりに千尋が動いた。姫を蹴飛ばしそうになった忍人が慌てて動きを止めると、千尋は容赦なくその足を縛り上げ、結び目が蝶々になっていたものの、とりあえず忍人の足は封じられる。そこで風早は忍人を組み伏せ、千尋から別の帯を受け取って改めて手足を一緒に縛り上げてしまった。
「説明しろ!一体どういうことなんだ?」
憤る忍人に、風早がチビ柊を本体に戻す方法について説明した。
「ふざけたことを…。例え指先であろうと、そんなものは御免蒙る」
「ええ、あなたならそう言うだろうと思ったので……逃げられる前に拘束させてもらいました」
「なっ…。今すぐ解け!布都彦、何を黙って見ているんだ。こんな暴挙を許す気か!?」
事態に付いて行けずに居た布都彦が動こうとすると、千尋が止めに入る。
「解いちゃダメだよ。忍人さんに逃げられたら、柊が元に戻れなくなっちゃうんだから…」
「その通りですね。ここは尊敬する葛城将軍よりも、白虎の対である私を優先してください。これは姫の御意向でもあります」
楽しそうに成り行きを見守っていたチビ柊にそう言われた布都彦は、敬愛する姫の意向には逆らえず、申し訳なさそうに忍人から目を逸らした。
「寄るな、柊!」
「まぁまぁ、落ち着いて、忍人。良いじゃないですか、手くらい……洗えば済む話ですよ」
そう風早が宥めたが、チビ柊は怪しげな笑みを浮かべて忍人に詰め寄る。
「私は指先なんて甘いことは言いませんよ。狙うは唇、唯一点のみ」
全身に鳥肌を立てて忍人は芋虫のように逃げを打ったが、風早に肩を抑えられているので殆ど移動出来ない。せめてもの抵抗で顔を床に押し付けるようしたものの、いつまでも通用はしなかった。風早によって無理矢理引き起こされる。
「後で、口直しに何でも好きな物を食べさせてあげますから……ここは一つ、我慢してください」
布都彦がチビ柊の発言を聞いて卒倒し、千尋が止めるべきか否か迷っている中で、風早は最後まで柊の味方だった。
「我慢など出来るか!?離せ、風早。嫌だ、やめろ!」
チビ柊の唇が迫り、それが触れるようとした瞬間、忍人の必死の抵抗が僅かに実を結んだ。その唇は忍人の頬に当たり、チビ柊の姿が消える。
そして本体が光ると、ついに柊が目を覚ました。

「何やら、幸せな夢を見ていた気がします」
呑気にそんな感想を漏らす柊に対し、忍人は風早に拘束を解かれながら吐き捨てる。
「俺には悪夢のような一日だった」
風早から説明を受けて、柊は深く溜息を付く。
「残念です。そんな楽しいことを覚えていないなんて…」
「お前が覚えていようがいなかろうが、関係ない。ただでは済まさんから覚悟しておけ。風早、貴様もだ!」
そう叫ぶと、やっと自由の身になった忍人は、物凄い勢いで部屋を飛び出した。
「今のは、負け犬の遠吠えでしょうか?」
「いやぁ、あれは本気ですね。ただ、俺達に報復するよりも先に、一刻も早く顔を洗いたかったんじゃないかな?…ってことで、今の内に逃げましょう」
風早はそう言って笑うと、柊と共に逃げ出した。
後に残された千尋は、抜身の破魂刀を手に戸を蹴破る勢いで戻って来た忍人を見て、風早の言葉が深く胸に染み入ったのだった。

-了-

《あとがき》

ふと、随分前に”成分分析”なるものが流行ったことを思い出しました。『轟轟戦隊ボウケンジャー』が放映されてた頃、「チーフの100%は冒険で出来ている」とブログに書いた覚えがあるので、5年以上は前ですね。

柊の愛情を成分分析すると、半分以上は千尋への愛で、3分の1は忍人さんへの偏愛で出来ていると思います。
それと、風早への友愛が程々にあって、布都彦への親愛がちょっぴり。

どのルートを通っても、柊のそれは変わらないでしょう。殆どの恋愛模様はあくまで千尋が相手を好きになるかどうかの問題で、特に風早・柊・遠夜は最初から完全に千尋を溺愛しているとしか思えません。
分裂したのが風早や遠夜だったら、恐らく本体と然程変わらないサイズの心の結晶が千尋の元へ行くことでしょう。
そういう点では、柊が一番分裂させた時に良い具合になってくれる気がします。
小柊は尽くし、チビ柊は我儘放題、ミニ柊は支え合い、豆柊は布都彦のことを対の者で羽張彦の弟さんとして大切に見守っていきたいと思っているなど、それぞれタイプも違います。

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