ストーカー
天鳥船へと引き揚げる途中、千尋達は荒魂に襲われ、戦いを終えると柊の身体が崩れ落ちた。
    「柊、しっかりして!ごめんね、まだ怪我が治り切ってなかったのに無理させて…今も私のこと庇ったりしたから、傷が開いちゃったんじゃない?」
    「我が君さえご無事でしたら……私などどうなろうとも構いません」
    そう言いながらも柊はかなり辛そうで、布都彦が肩を貸そうとしたものの、身長が違い過ぎてあまり意味がなかった。反対側を千尋が支えたところで同様だ。
    「放っとけば…?どうせ、千尋の同情買いたいだけだろ」
    もたもたしている千尋達を見かねたように先を進んでいた那岐が戻って来て、にべもなく吐き捨てた。
    「まさか、そんなこと…。う~ん、どうしよう、遠夜は先に帰しちゃったし…」
    皆で集めた籠いっぱいの薬剤を担いで抱えて、それを保存用に加工すべく遠夜は一足先に船へと帰って行った。千尋がそう頼んだのだ。その帰り道で荒魂に襲われ、柊が負傷することになるなど思いもしなかった。忍人が居たら「だから君は軽率なんだ。油断などするものではない」と目を吊り上げたことだろう。
    「そうだ、風早。柊に肩貸してあげてくれない?」
    しかし、那岐と共に戻って来た風早は、自分を仰ぎ見て縋るような目をした千尋に予想外の言葉を返した。
    「千尋の頼みなら何でも聞いてあげたいところだけど……余計な荷物は持ちたくありません」
    「余計…って、風早!?」
    驚く千尋を余所に、風早は彼方を見遣って続ける。
    「そろそろ洗濯物を取り込む時間になりますね」
    「洗濯物って…こんな時に何言って…」
    「湿っぽい下着なんて、千尋は嫌がるでしょうね」
    風早がそう言った途端、何を言い出したのかと怪訝な顔をしていた千尋の横で何か大きな影が動いたかと思うと、船の方へと物凄い勢いで移動して行った。
千尋と布都彦は呆然としていた。
      我に返ると、倒れていたはずの柊の姿がなくなっている。
      「あれ、柊?」
      「柊殿が消えてしまわれた?」
      キョロキョロと辺りを見回す二人に、那岐が呆れたように教える。
      「柊なら、自力で起き上って天鳥船に駆けてったよ」
      「はは…さすがは柊。すさまじいストーカー魂ですね」
      風早は半ば感心したように言いながら、想像以上の効果に苦笑した。
      「……酢糖火阿?」
      「はいはい、布都彦、変な漢字変換しないように……ストーカーと言うのは、俺達が以前暮らしていた世界の言葉で、特定の人を執拗に付け回したりその人の持ち物などに異様な執着を見せる変質者のことです」
    風早の解説に、布都彦は「まさか、柊殿が…?」と言う顔をする。
    一方で、千尋は柊がストーカーだと聞いて大慌てだ。
    「笑ってる場合じゃないよ、風早!私の下着干してあるんでしょう?本当に柊がストーカーなら、今頃…」
    しかし、風早は平然としている。
    「あれ?俺、そんなこと言いました?」
    風早から確かめるように向き直られて、那岐は面倒くさそうに応じる。
    「言ってないね、千尋の下着が干してあるなんて一言も…」
    「えっ?」
    千尋と布都彦は目を丸くした。
    「俺は、日の暮れ具合からそろそろ洗濯物を取り込む時間になる、って時刻についての推察と、下着が湿っぽかったら千尋は嫌がるだろうな、って想像を口にしただけです」
    しかし、それを聞いた方は勝手に関連付けて考えてしまう。千尋の下着を洗って干して来たからそろそろ取り込まないと湿っぽくなってしまう、と風早が言ったものと解釈したのだ。
    風早の狙いは見事に的中し、柊は怪我のことなどすっかり忘れて千尋の下着目掛けて突撃した。
    「だから、言ったろ?あいつは、千尋の同情買いたかっただけなんだよ」
    「……確かに、そうだったみたいだね」
    これにはさすがに、千尋も布都彦も柊への評価を改めることを余儀なくされたのだった。
-了-

