罪な唇

「はい、出来ました。如何でしょうか、我が君。どこか攣れているところや緩いところなどはございませんか?」
「平気だよ。この髪型、今朝の気分にピッタリだし……さすがは柊だね」
柊は、日によっていろいろなアレンジを加えて千尋の髪を結い上げてくれる。結い方そのものだけでなく、髪紐の使い方や簪の選び方次第で、印象は微妙に違ってくる。そのどれもが、その時の千尋の気分に良く合っていた。
「お褒めに預かり光栄に存じます、我が君。姫に喜んでいただけることが、この私の何よりの喜びです」
嬉しそうに応じる柊に、千尋はふと浮かんだ疑問をぶつけてみる。
「風早といい柊といい、本当に上手だよね。こういうのって岩長姫のところの修業にあるの?」
「まさか……そのようなものはございませんよ」
「そうだよね。あの忍人さんがそんな修業してるトコなんて想像出来ないし…」
千尋は、自分で言ってから、それを想像しようとして失敗した。やはり、想像出来はしない。
「でも、皆は私と違って誰かがこうやって結ってくれる訳じゃないんだよね。だったら、道臣さんや布都彦は、自分で結ってるのかなぁ?あの布都彦の猫耳頭って誰の趣味なんだろう?」
千尋は不思議そうに呟いた。あれを布都彦が自分で結っているとしても、それを教えた人間が居たのではないだろうか。それとも、布都彦自身の好みなのだろうか。
「忍人さんのあの髪は、伸びて来たら適当にザクザク切ってるとか…?」
そうして独り言を呟きながらあれこれ想像していた千尋は、そこで柊の表情が曇っていることに気付いた。
「どうしたの、柊?何か、拗ねてるみたいな顔つきだけど…」
「……みたいではなく、拗ねております」
そう言われて、千尋は目を丸くした。
「姫と水入らずで過ごせるこの貴重な一時に、その貴き唇より紡がれるのは他の男のことばかり……この忠実なる下僕にそれはあんまりな仕打ちというものではございませんか」
「えっ、ごめん、そんなつもりはなかったんだけど…」
今にも泣き崩れそうな柊に、千尋は慌てて手を差し伸べる。
「ごめんね、柊。お詫びに、今度は私が柊の髪を梳かしてあげるよ」
千尋は柊の手を引いて椅子に座らせると、その手から櫛を取り上げて柊の髪を梳き始めた。

「前髪梳かすから、目を瞑ってくれる?」
千尋に言われるまま、柊は素直に目を閉じた。
すると、千尋は最後にそっと屈んで口付ける。
「これ、仕上げね」
目を開けた柊の前に、ちょっと照れた千尋の笑顔が広がっている。
「機嫌直った?」
「……まだです。もう一度してください」
余裕たっぷりで何か企んでいる風ではなく、まだ何処か拗ねた様子で強請る柊に、千尋はちょっと困ったような笑みを浮かべつつも了承する。
「仕方ないなぁ。いいよ、もう一度だね」
今度は先程よりもしっかり、たっぷりと唇を重ね合せた千尋の行為に、柊の機嫌はすっかり直った。
「我が君は、本当に罪なお方ですね。唇一つで、私の心をこうも容易く操るのですから…。千の言葉を紡ぐよりも巧みに万の言葉を重ねるよりも強く、僅かな言葉で……否、言葉などなくても、その唇で私の心を絡め取ってしまわれる」
陶酔したように言い募る柊に、千尋は艶やかに笑って見せた。
「多くを語るのは柊に任せるよ。私は、柊に大事なことが伝われば、それで良いんだもの」

-了-

《あとがき》

テーマは髪梳きです。
朝の身支度中のいちゃいちゃ柊千。千尋の何の気ない言葉に拗ね、口付けで機嫌を直す柊でありました。
隣の部屋では風早が呆れているか、泣き濡れているか…(^_^;)

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