新たな伝承

千尋と二人で黒龍を倒した柊は、その後、風早達と合流して中つ国奪還の旅に出た。
辿る道は千尋がかつて旅したものと大して変わらない。まずはレヴァンタの圧政から人々を救い、天鳥船を取りに行く。
既定伝承の存在しない、新たな伝承を紡ぐ旅。
これまでと大きく違うのは、最初から柊が千尋の傍らにあることと、千尋があの頃ほど弱くはないと言うことだ。
既定伝承が存在しないと言うことは、今まで以上に柊にも風早にも先が読めないという危険と隣り合わせだったが、柊は星読みと知力の限りを尽くして千尋を助けた。
その中で、柊にとっても千尋にとっても―実は風早にとっても―有り難いことに、千尋は水浴び姿を見られることなく国見砦で素知らぬ顔で忍人との対面を果たす。
「我が君の神聖なる裸身を忍人などの目に晒さずに済むとは……新たな伝承のなんと素晴らしいことでしょう」
小躍りするように喜んでいる柊に、千尋は複雑な顔で応じる。
「何で、既定伝承にそんなどうでもいいことが記されてたんだろうね」
「全くもって不可解なことです。読む度に何度歯噛みしたことか知れません」
「まぁ、私も見られると知ってて水浴びするほど莫迦でも露出狂でもないもの。と言っても、以前見られたことには変わりないんだけど…」
思い出して頬を朱に染める千尋を見て、柊は真面目な顔で進言する。
「伝承は変わりましたが、油断はなりません。くれぐれもご注意ください。水浴びなどを為さる際には、私がいつでも結界を施しますので、必ずお声をお掛けいただきますようお願いいたします」
「うん、解った。気をつけるよ」
それから千尋達は、また次の仲間を探しに旅を続けたのだった。

以前と似たような危険には前もって注意を払い、無事に布都彦や道臣を仲間に加え、アシュヴィンとは最終的には真っ向から対峙して自分を認めさせた。その際、禍日神の残滓が両軍を襲ったが、千尋はこれを敢然と迎え撃って多くの兵を守り抜いた。その姿に、アシュヴィンを始め、常世の軍は千尋の元に身を寄せることを決意したのだろう。
忍人ですら、一人歩きなどの軽率な行動を叱りつけることはあっても、将としての資質は序盤から認めてくれていた。一人歩きについても、あの頃の旅に比べれば見咎められることは格段に少なかった。むしろ、何時でも何処でも付いて歩いている柊のことで文句を言われることの方が多かった。

熊野では狭井君に対しても毅然とした態度で対抗した。
龍の声が聞こえない姫には審神者である自分の存在は重要だと、皆に祭り上げられた小娘だと高を括っていた狭井君は、既に王者の風格を身に付けていた千尋の前に屈した。
召喚の代償として柊を奪った龍神を千尋は絶対的な正しい存在とは思っていなかったし、自らの意志で玉座への道を進んで来た今の千尋には狭井君の詭弁など通用しない。
柊の過去を論おうとしても、その陰に隠された真実を知っている千尋には意味を成さない。それどころか、狭井君達が行った情報操作によって吉備の名誉が失墜したことに言及されてしまう。

こうして千尋は仲間達の心を鷲掴みにし、対抗勢力の力を削ぎながら、中つ国を取り戻した。
常世にも恵みが戻った。ただ、残念なことにスーリヤ皇は禍日神によって蝕まれた精神と身体が回復しきれずに程なくこの世を去った。ナーサティヤは変化を受け入れられなかったのか出奔してしまった。
「龍の姫の手腕は、しかと見せてもらった。俺も負けてはいられないな」
千尋の即位式でそう笑っていたアシュヴィン皇子は、常世に帰ると短期間で国を平定し、次に中つ国を訪れた時には皇になっていた。そして、その時には千尋の隣に柊が堂々と立っている。
「相変わらず、仲睦まじいことだな」
「うふふ…アシュヴィンも早く良い人見つけて、お后迎えてね」
「さて、お前程のいい女が早々見つかるものか…難しい問題だぞ、それは」
軽口をたたくアシュヴィンに、柊は勝ち誇ったような笑顔で応じる。
「どれほど欲しがっても、相手が誰であろうとも、殺されたって絶対に姫は譲りませんよ。姫は、この私のものです」
「当たり前だよ。柊だって全部私のものだからね。逃げようったって、そうはいかないんだから…。黄泉の国だって、時空の彼方だって、絶対に逃がさないよ。どこまでも追いかけて行って、捕まえてみせるからね」
その宣言通り、実際に千尋が時空を超えて柊を追いかけて捕まえたと知るのは当人達と風早のみ。しかし、その自信に満ちた様子は、このうら若き女王を更に輝かせるのだった。

-了-

《あとがき》

柊EDで柊が「神に選ばれた王ではなく、自らの力で立った王として」と言っていたので、王として皆を率いてもらいました。
旅に出ても兵達の大量死がなかったから、千尋の髪はEDスチルの通りに長いまま。
自らの力で立ったので、狭井君も自力で排除して、柊とラブラブです(*^^)v

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