運命

既定伝承を変えようと禍日神に挑んだものの、羽張彦は深手を負い、柊は右目を失った。
ついに、一ノ姫は決断を下す。
「今から、私のすべてを賭けて禍日神を封印します」
「姫、それは…」
「私達には既定伝承は変えられなかった。ならば、伝承の通りに、私がこの身と命を力に換えて時間を稼ぐしかありません」
伝承の通りならば、いつの日か妹姫が禍日神を倒し、中つ国を復興してくれる。
「柊、あなたは生き延びてください。出来るはずです」
「ああ、俺が隙を作る。その間にお前は行け。そして姫は封印を…」
「はい」
一ノ姫は即座に羽張彦に頷いて見せた。だが、柊は諦めきれない。
「お願い、二ノ姫を助けてあげて。そして機会があったら、私達のことを話してあげて頂戴」
「布都彦のこともよろしくな。何せあいつは、これから俺の所為で迫害されちまうらしいから…。それと、忍人のことも頼む。あいつは俺に懐いてたから、凄く傷付くはずだ」
「いいえ、忍人が懐いているのは道臣です」
柊もそれだけは訂正しておきたかった。
「懐かれていると思っているのはあなたの勘違いですから、その心配は要らないと思いますよ」
「酷いな、柊。こんな時にそんなこと言うなよ」
しかし、それで羽張彦と一ノ姫の顔に笑顔が浮かぶ。悲壮な覚悟をして険しい表情を浮かべていた二人は、最期の時に互いの笑顔を見られたことを嬉しく感じていた。
唯一人、笑えなかったのは柊だ。
「あなた方は、私にどれだけの荷物を背負わせるつもりですか?」
「ごめんなさい。でも、あなたにしか頼めないの」
「お前なら出来ると信じてる」
そう、柊なら出来る。既定伝承もそれを示している。
「姫…次に生まれ変わった時は、きっと既定伝承を変えような」
「ええ、その時こそ、夫婦として一緒に生きて行きましょう」
苦悩する柊の傍らで、羽張彦と一ノ姫は笑顔で見つめあって今生の別れを済ませた。そして羽張彦は立ち上がる。
「後は頼むぞ。姫!柊!」
そう叫ぶと、羽張彦は死力を尽くして禍日神に最後の攻撃を仕掛けた。一ノ姫もすかさず封印の祝詞を唱え始める。
最早、柊に迷っている暇はなかった。
背中に二人の命が弾ける気配を感じながら、柊は全力で洞窟を逆走した。

そして今、柊は二ノ姫と共に禍日神を倒し、最愛の姫と結ばれ、時々彼女の寝顔を拝みながらその傍らで竹簡を読んで居られるような、平和で穏やかな日々を送っている。
「私はこうして幸せを手に入れることが出来ました。でもあなた方は…」
姫の心か自分の命か、どちらか一方しか手に入らない運命は姫の強い心によって覆された。
だが、どれだけ竹簡をひも解いても、未だに羽張彦と一ノ姫が共に生きることが出来た記録は見つからない。
ただ見つからないだけなのか、時の輪の中にその運命は存在しないのか。
「ん…柊、一緒に…」
暗い気持ちになりかけた柊の傍らで、微睡む千尋が寝言を漏らした。その一言で、柊の心は救われる。
「そうですね、姫。ずっと一緒に居ましょう」
既定伝承は変えられた。千尋が変えてくれた。幸福は全て千尋が与えてくれた。
「繰り返される時の輪の中で、いつかきっと、あなたは彼らの運命さえも変えてしまわれるのでしょう。私はそう信じています」

-了-

《あとがき》

一見、羽張彦×一ノ姫のようですが、一応は柊創作であり、柊千小話です。
にっこり笑ってあっさりと今生の別れを済ませる羽張彦と一ノ姫、書いててちょっとツボでした。柊完全無視で二人の世界に…(^_^;)

indexへ戻る