那岐

「ささ、こちらが陛下宛、そしてこちらが那岐様宛に本日届けられた縁談にございます」
狭井君によって積み上げられた木簡の山に、千尋も那岐も辟易とした。
「婚姻によって国内外の力ある者と縁を結ぶのは、王族の務めでございますよ」
「冗談じゃないね。僕は千尋と結婚するんだ」
那岐の横で、千尋も力強く頷く。
しかし、狭井君も引かない。
「それこそ冗談ではございません。お二人が結ばれても国には何の益もないことは明らか。それどころか近すぎる血は、反って害となりかねません」
さも国の為であるかのように言っているが、狭井君が自身の利益になる相手ばかりを選んで話を持ち込んでいる事など、千尋達にはお見通しだった。その証拠に、最初に縁談と知らされずに目を通すように言われた際に、アシュヴィンの名も忍人の名も入っていなかった。見知った仲で入っていたのは道臣だけで、おそらく気の弱い彼なら自分の良いように操れると思ったからだろう。
違和感を感じて、上位に記された名前を数十個必死に覚えておいて後で忍人達に聞いてみると、それらの子息や子女は皆、狭井君と利害が一致する者ばかりだった。
そんな輩と縁を結ぶなど、考えただけでもゾッとする。何より、那岐と千尋は深く愛し合っているのだ。それこそ、互いの命を懸けるくらい。
「煩いよ、ババァ」
那岐がバッサリと言い捨てた。
「そんなにこの国が大事なら、あんたがさっさと消えてくれりゃいいんだ」
「そうそう、私達の治世に一番害になるのが誰なのか判らない程耄碌した頭で、いつまで今の地位に居座るつもり?」
狭井君はワナワナと震えた。
「まぁ、長年この国を支え続けたこの私に、よくもそのような……」
しかし、千尋達は怯まなかった。
「支え続けたぁ?牛耳って来たの間違いだろ」
「祖母様にどうやって取り入って出世したのか知らないけど、母様の陰から国を操っていたのは、私達に対する態度を見てれば判るんだから。王族なんて、看板か飾りくらいにしか思ってないでしょう」
「目障りだ。とっとと出て行け」
那岐の命じられても、狭井君は口をパクパクさせてその場に立ち尽くしていた。
「聞こえなかった?出てけって言ってるの。女王の命令よ。それともやっぱりお飾りの小娘の命令なんて聞けないって訳?」
そこで狭井君は踵を返すと、興奮のあまり退室の挨拶もせずに部屋を出て行ったのであった。

「やったね、千尋。あのババァの顔、見物だったよ」
「あ~、すっきりしたぁ」
溜まっていた鬱憤をやっと吐き出せた2人は、爽快な気分で伸びをすると仕事に戻った。
そして心の中でかつての仲間の名前を呼ぶ。
柊、遠夜、後は頼んだよ。

数刻後、千尋達の元に狭井君の訃報が届いた。
頭に血を上らせて、足が悪いとは思えない程ズカズカと歩いていた狭井君は、石段から転げ落ちて頭を打ったらしい。そして、手当の甲斐なく息を引き取ったのだとか……。
偶然の成せる業か、それともあの2人が期待に応えてくれたのか、とにかく千尋と那岐は知らせを受けたその場ではしおらしく振る舞いながら心の中で「ざまぁみろ」と舌を出し、部屋に帰ってから風早や柊と一緒に万歳三唱したのだった。

-了-

《あとがき》

那岐のおかげで、やっと狭井君を面と向かって罵倒することが出来て、少しだけ溜飲の下がったLUNAです。
那岐のあの口の悪さに感謝です。
自分で書いておいて、ラストで万歳三唱する4人に、画面の前で拍手喝采です。

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